私のお仕事は建物のお掃除。キャンサーの私にとって、お掃除は天職。汚れが綺麗になっていくのは嬉しい。だから今日も、朝から掃除用具を持ってお仕事を頑張る。今日は建物の中じゃなくて、外の窓を拭く。空を飛べる子がやるお仕事だけど、誰か1人はゴンドラに乗ってその子たちに洗剤を渡したりする役目がある。
「いつもありがとうね。どうにも高い所は苦手でね」
「大丈夫、任せて。多脚は安定感抜群だから」
同じ職場のおばちゃんが申し訳なさそうに言う。私としては、自分の役割が持てて嬉しいから全然気にならない。
ゴンドラに乗るのが今のところ私だけだから、中身は自然と私の仕事しやすいようになっていて、入ると安心さえする。
「今日もよろしくお願いしますね、シレットさん」
「うん。よろしく」
「そういえば、こんな垂れ幕があるんですけど、どうしますか」
ゴンドラで少しビルの屋上から降りると、ブラックハーピーの人が嬉しそうにやってきた。その子が持ってきた垂れ幕には『恋人募集中』って書いてある。
「恥ずかしいから……やめとく」
「わかりました。じゃあ私つけよっと」
嬉々としてその子は垂れ幕をタスキのようにかけると、私から掃除用具を受け取って仕事に取り掛かった。ここは屋上に近い程の高さだから、地上からあのタスキが見えることは無いと思うから、きっとビルの中にいる人に向けたメッセージなんだと思う。
思った通り窓から男の人に向けてにこやかに手を振りながら片手間に窓を掃除している子を横目に見ながら、私はまじめに仕事しようと気合を入れた。
魔物が魔物娘になって人間が共存してから、随分と時間が経ってる。激しい戦いがあったことは昔の歴史として私も学校で習ったくらいで、私みたいな普通の魔物娘にとってはそれほど大事じゃない内容だった。今大事なこととして教えられているのはどうやって理想の夫を捕まえるかで、私も多くのキャンサーの子達と一緒に勉強した。
私も一般的なキャンサーに漏れず、表情豊かじゃない。だけど人じゃなくて蟹の部分は、まるでメドゥーサみたいに私の気持ちを代弁してくれる。おばちゃんに言わせれば、私程わかりやすい子はそうそういないらしい。
私は自分が出した泡を洗剤代わりにして窓を掃除していく。たまに中で働いている人の様子を見たりするけど、他に働いている子程じゃない。男の人がいれば目にとまるけど、うっかり目が合っちゃうのは恥ずかしいから、本当にちょっと見る程度。
「あの人超イケメンじゃない?」
「ほんとだー。あ、でもダメだ。あそこでマンティスの人がめっちゃこっち睨んでる。たぶん彼女だよ」
「あちゃー、売約済みならダメだ。あ、じゃあさじゃあさ、あっちの人は」
あの子達みたいにはしゃぎながらお仕事するなんて、私にはできない。別に話しかけられれば普通に喋ることはできるんだけど、自分から話しにいくことはやっぱり苦手。
今私がお掃除している窓の中にいる男の人みたいに、呼ばれれば普通に受け答えするけど皆の輪から少し外れた場所で仕事している。それが今の私。
午前中いっぱいかけて一通りのお掃除を終えると、私はゴンドラを上げて屋上に戻った。
「あぁ、ちょうどよかったよ。一緒にお昼行かない?」
「うん」
私がそろそろ終わるだろうと思って来たおばちゃんと合流すると、私は掃除用具をしまってお昼ご飯を一緒に食べることにした。
おばちゃんは人間で、歳は55って言ってた。私が今の会社に入った時からいて、初めて一緒に働いてからずっと私の側にいてくれる。私のことを娘みたいに可愛がってくれていて、この街に来て1人だった私にはとっても嬉しかった。
「シレットちゃんやっぱりそれ好きね」
「うん。しらす定食……おいしい」
ビル内の食堂で私がご飯を食べている向かい側で、おばちゃんはにこやかにそれを見ていた。おばちゃんはいつもそうするからもう慣れたけど、最初の方は見られながら食べるのがとっても恥ずかしかった。
「そういえばシレットちゃん」
「なに」
「シレットちゃんもそろそろ彼氏とかできた?」
「…………ぜんぜん」
「そうなの? シレットちゃんもこっちにきて5ヶ月になるし、魔物娘の子はすぐに彼氏を作ってそのまま結婚するって聞いてたから、てっきりシレットちゃんにも良い人ができたのかと思ったけど」
「おばちゃん、どうして急にそんなこと言うの」
「いや午前中は中の掃除だったんだけどね、新しく結婚相談所ができてたのよ。だからシレットちゃんはどうなのかと思ってね」
「私は……今のところそういう人いない。ぜんぜん」
休みが無いとか平日も日付けが変わるまでお仕事しなきゃいけないとか、そういう世界の本を読んだことあるけど、少なくとも私達がい
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