「…………それはねーだろ、楓よ。」
担任の支倉走狗に、楓から「魔界に引っ越すので退学する」と退学届を受け取っていたことを聞かされ、職員室を出た和希はそんな風にひとりごちた。
生まれて初めての恋人は、自分が散々裏切った挙句どこか遠くに行ってしまいました。
「ネタになんねー。」
やれやれと首を振ってから、教室に戻ろうと歩き出す。
そこに男子が一人現れた、確か隣のクラスの友崎という男だ。
「あの、市尾さんどうか俺と付き合って」
「他当たれ。」
相手が最後まで言い終えるより前に、和希はその隣をすり抜けて教室に向かう。
これで告白してきたのは八人目、勿論今までの男も含めてすべて振っている。
市尾和喜からの決別はしたつもりだし、女として生きる一定の覚悟もできたがまだ誰か男と付き合う気になれなかった、女体化数日で散々セクハラ地獄につき合わされたことも原因に上がるだろう。
レイプされたこともあって、男子からの注目率はかなり高かった。
「ちょっちょっちょっ! 要件も聞かずに振るってなんだよ!!」
「どうせ告白だろ、俺は好きになった奴としか付き合わないの。」
楓の時も最初は友達からだった、いつしか好き合っていたからこそ男女として付き合い出した、最初から何も知らない相手と彼氏彼女関係など和希には考えづらい行動だった。
「いやいやいやいや、けど何も知らない男に股開いて……」
その瞬間、友崎の顔面に和希の上履きがめり込んでいた。
股を開いたのではなくこじ開けられたことも理由にあるし、最近になって和希のことをビッチ扱いする男子がいくらかいるのも事実だった。
楓がやったと言わず、つまり「男子に犯されておきながらその男子を庇った」と考えられ、どこの誰が言いだしたのかもわからないが「市尾和希は誰にでも股を開く女」という噂が一部の男子の間で広がっていた。
勿論そんなことはないので心外極まりないが、一度流れた噂は厄介なもので鎮静するまでは手の出しようがない、下手に否定しても逆に煽るだけ。
「カズ姉、何してんだ?」
そんな和希の姿を見て、通りすがりの幸喜が寄ってきた、教師に何を頼まれたのか重そうな機材を片手で担いでいる、その幸喜を見て和希に詰め寄ろうとしていた友崎が黙る。
「ナンパされてた。」
そう言って幸喜の隣を通り過ぎる。幸喜は何か言いたげな顔をしたが、すぐに用事を思い出したらしく機材を職員室まで運んで行った。
和希がクラスの女子数人と遊んでから帰宅すると、既に幸喜は帰っていた。
帰宅部だし、友人と遊んでから帰るという連絡もなかったから当たり前だとはいえ、なぜか和希はその事実に安心を覚えていた。
ここは、変わった自分も受け入れてくれるという安心だろう。
今日も夕食の支度を既に始めているようで、リビングからはいいにおいが漂ってくる。
「ただいま、幸喜。」
「お帰りカズ姉、帰ったばっかで悪いけど飯の用意手伝ってくれないかな、そこのダイコンおろしてくれると助かる。」
テーブルの上には上から大根、おろし金、皿と綺麗におかれたセットがある。
キッチンで油で揚げる音がしていることを考慮に入れるとどうやら今晩は天ぷらのようだ。
「わかった」とだけ答えて大根を下ろそうとしたところで、和希はテーブルの上に乗った白い封筒に気付いた。ご丁寧にハートのシールで封がされている。
「……おい幸喜、これって……」
「ああ、なんかラブレター貰った、相手のこと良く知らないから振ったけど。」
「…………そうかよ。」
何か。心の隅に引っかかるようなものを感じた。
気にしないようにしてゴリゴリと大根をおろし始める。
いくら振ったとは言っても相手が魔物だったら拒否するのは並大抵の努力では済まないだろう。強引に伴侶にしようとする行為は(あまりにそういったことで頭を抱える人間女性が多くなったせいもあって改正された)刑法で裁かれるとはいえ被害は後を絶たない。
そもそも幸喜は女子からそこそこの人気があるくせに無防備が過ぎるのだ、最近女子として女子と一緒に行動しているとたまに弟を紹介してほしいと言われることもある。
だというのに当たり前に生活して、魔物に襲われる危険を考えてもいないようだ。
「他になんか手伝うことは?」
大根を下ろし終えると、今度はそう尋ねた。
幸喜は首を振って「ない」と答えながらカボチャを揚げている。
幸喜は家庭的な男だ、仕事が忙しい両親の代わりに家事の全般をこなしている(その理由には和喜がダメすぎたこともある)炊事は和希も足を引っ張らない範囲で手伝うが他はすべて幸喜に頼り切っていた。
たとえば、洗濯も。
そんな風に思って、和希はとある事実に思い至った、同性の兄弟だった時にはあまり意識もしていなかったことだし、今までもそれと同じ感覚でこなしていた、とても重大なこと。
「ふと思ったんだけどよ、
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