前編

やけに体を軽く感じながら、市尾和喜は朝起きるとすぐにリビングに向かった、両親はさっさと仕事に行って家を空けているから、いるのは家事全般を任せている弟だけだ。
和喜はドアを開けて
「おはよ、幸喜」
と言った、言ったはずだったのだが、出た声は和喜の声にしては高かった。
「え?」「あれ?」
振り返って驚きに目を見開いた弟の背がやたらに高く見えることで、ようやく自らの体の異常を悟ったのは朝が弱い「彼女」の性質ゆえに仕方のないことかもしれない。
「あんた、誰だ? カズ兄の新しい彼女か?」
見知らぬ人を見る目の幸喜の背は、和喜より低かったはずが高くなっている、そもそも、寝るときに着ていたパジャマそのものが明らかに今の和喜の体からすれば大きい。
まるで、和喜の体が縮んでしまったかのように。
「…………」
意味不明の状況にフリーズした和喜はとりあえず確認のために洗面所に向かう、頭が一気に覚醒した。
自分の身に何が起きているのかは予想できた、しかし確認せずにいられなかった。
そして鏡を覗き込むと、半ば以上予想通り、角を生やした中性的な顔立ちの美少女が覗き込んでいた。
身長も、かなり縮んでいた。
「なんっ! じゃっ! こりゃぁ―――――――――――――ッ!!!」
和喜は思わず悲鳴を上げた、すると鏡の中の美少女も大口を開けて悲鳴を上げる。
「何だ!? 誰だ!? 結構可愛いなって俺か!!?」
鏡に顔を近づけ、美少女の顔をもっとしっかり覗き込む。
驚愕に目を見開きパニックに陥りながらそれでも鏡の中の美少女はやはり美少女だった。
和喜は確信した、和喜は女になってしまったのだと、鏡の中の美少女が、今の和喜の顔だ。
「……まさかと思うけど、あんたカズ兄なのか?」
洗面所に来た幸喜が和喜に訊ねる、和喜はロボットのようにゆっくりと弟の方を振り返る、実弟ですら彼女が自分の兄だったことは分からなかったらしい。
和喜もその感覚はよくわかる、和喜も弟がいきなり美少女に変わったらそれが誰か察知できないだろう。
「……これが夢じゃない限り、うん。」
夢であってほしいと思う、しかし現実だろうと確信している。
「……………えっと、救急車呼ぼうか?」
「……是非とも頼む。」
この場合警察を呼んだ方がよかったのかもしれないが、しかし体の異常ならば救急車でたぶん合っている、問題は救急車が来てどうできるか。
「男に戻れなかったら、戸籍の書き換えしなくちゃいけないよな、服も新しく買いなおさないといけない、こりゃ出費的にひどいことになるぞ。」
尻から生えた太い尻尾と、背中に生えた淡い紫の羽、そして頭の角を順番にいじくりながら、これからの生活をどうにかするためにもそのことを考えていた。
「カズ兄、救急車は十分あればつくらしい、ところで物は相談なんだけどさ。」
「乳揉ませてくれとか言うなよ?」
胸はそこまで大きくはないが体全体に色気はついた。具体例を挙げるのならば腰にくびれができた。
「いや、持ってるエロ本、用済みなら譲ってくれね?」
「ヤダ。」
『こんなところでこの状況下で何を言い出すかと思ったらまさかそんな事とは』と呆れたのが最初の感想だ。


救急車に乗せられ病院にたどり着いた和喜だが、そこのドワーフ医師から下された診断は、和喜の予想を全く裏切らないものだった。
「アルプ化、という現象ですね、インキュバスのうち特定の願望を抱く人が稀に魔物に変化するんです。申し訳ありませんが治療手段はありません、魔物として生きてください。」
というのが先生のお言葉だった。
「やっぱりそうっすか……何となく予想はしてましたけどね……」
「大丈夫ですよ、住めば都という言葉もありますし数年で慣れます。」
「数年かかるんじゃ意味ないっす。あと、住めば都ってこんな時に使う言葉じゃない。」
「まずはその体に慣れるところから始めてください。いろいろ影響が出るはずなので、今までと同じ調子でいると思わぬ怪我をしますよ。」
そんな風に釘を刺す先生は、新しい実験動物の入荷を喜ぶ研究者の目をしていた。恐らく非常に希少なアルプ化の一例である和喜のことを興味津々の目で見ている。
「これから毎週、うちに来てくださいね。診察料は要りませんので。」
ギラギラとした目で、ドワーフ先生はそう言った。
病院を出ると、すぐに携帯を確認する、使用禁止ということで律儀に電源を切ってあったから、電源が入って作動するまでは待つことになるが、あまり気にしない。
周囲の人たちの好奇の視線が和喜の体に群がるがそれも当然だ、釣り目がちな大きな瞳は淡い黄色に輝き、少し癖のある黒の短髪、ダボダボの衣服から下手をしたら見えてしまいそうな小ぶりの胸も色気を放っている。
どこからどう見てもそうにしか見えない魔物の美少女が、こんなわけありそうな格好で病院前で携帯を弄っていた
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