第三話 語らう

僕が初めてイリヤの本当の声を聞いてから数日が経った日のことだった。
夜に僕が自分の部屋でのんびりしていると、
『ロナルドさん……起きてますか?』
壁の向こうからイリヤが声をかけてきた。
「うん、起きてるよ。」
『へへへ……来ちゃいました。』
ちょっと照れくさそうな口調でイリヤは言う、顔は見えないけど、たぶん微笑んでいる。
来ちゃいましたってことはいつもここにいるわけじゃないんだよな?
空を飛んで移動してきた気配も、魔法を使って移動したような光も出なかったけれど、どうやって窓の外にある小さな足場に乗ったんだろう。疑問は尽きない。
これまでも毎晩決まった時間にイリヤがここを訪れて来ると、僕と彼女は他愛もない話に興じていた。相変わらず僕に姿を見せることだけは頑なに嫌がっていたけれど、それでも僕たちは隣り合っているように仲良く話した。
イリヤは僕を相手にする以外全くこのクルツの人や魔物と接触していないらしい、そんな風にどうやって身を隠しているのかを尋ねると
『それは秘密です……だって教えたら会いに来るかもしれないじゃないですか。』
と言って答えてくれなかった。
まぁ一理あるけど僕はそんなに信用されてないのかな。
そう思うとちょっと悲しくもある。
『お仕事の調子はどうですか?』
「僕の調子は相変わらず、役に立とうとして失敗したり仕事が遅かったり。けど、父さんは最近少し仕事が速くなったって言ってくれてる。」
『じゃあ、ロナルドさんの仕事ちょっとだけ早くなってるんですね。』
父さんがお世辞を言ってるとかそういう風には考えないのかな。
そう思ったけど、その可能性を頭の中ですぐに否定する。
イリヤが僕の記憶を持ってる以上、父さんが世辞なんか言わない人だってことも知ってるはずだ。
不意にドアがノックされる。
「ロン、起きてるかな?」
ハロルド兄さんだった、奥さんのカミナ義姉さんが今妊娠してるって聞いてるから、たぶん子供の名前がどうとかで話に来たんだと思う。
領主館の役人仲間全員に「子供の名前! どんな名前が良いと思います!? 男の子と女の子のどっちか、もしくは両方!」なんてウキウキしながら言ってた人だし。
生まれるのは今からまだ半年後のことだから、そんなに今から名前について誰かと話す必要もないと思うんだけど、どうやら生まれると知ったら待ち遠しくてしょうがないらしい。
僕は結構妄想狂の節があるって言われるし、兄さんは子供っぽく無邪気な所がある。
三兄弟で一番大人びている現実主義者が三男なのも、妙な話だ。
『これで失礼しますね。』
その言葉と共にイリヤの気配が消える。
「じゃ、また明日。」
そう言ってイリヤを送ってから、
「起きてるよ、どうぞ。」
ハロルド兄さんを迎える。
「ロン! 僕とカミナの子供の名前! どんなのが」
「生まれる性別分かったらまた聞いて、そのとき考えるから。」
飛び込んできた兄さんに対して、とても冷たい反応をする。
はしゃぎ過ぎだ、子供が生まれるのが嬉しいのは分からないでもないけど。
イリヤとの会話を邪魔されたことがちょっと気に入らなくて、そのまま僕は兄さんを追い出すように部屋から出し、すぐに横になった。


その翌朝。
今日は訓練日だから基本的にお仕事はなし、あくまで訓練も自主参加だから、僕のように戦力にならない人間は別に行かなくてもいい。
父さんやハロルド兄さんみたいに棒術の才能があったわけでもないし、ランスみたいに力が弱くても戦術と魔法でカバーできるわけでもない。
僕はこと戦闘に関しては、完璧すぎるほど凡人以下だった。
「とはいえ、暇なんだよね……」
皆お仕事が休みになっているし、基本的に多くの人が訓練場に集まっているけれど僕はあそこがあんまり好きじゃない。
本当なら、誰も戦わないで済むのが一番だと思う。
クルツに住むほとんどの人はそれで意見が一致していて、訓練をするのはあくまで自分たちの身を、自分たちの自由と理想を守るため。
けれどだからこそ、クルツの軍の士気は高い。
いくら倍近い兵力を有していても、圧倒的に優れた戦士を数人抱えているクルツがそれほど高い士気を維持できるなら王国は攻めきれない。
『こんにちは』
どこかからイリヤが声をかけて来る。
昼に彼女の方から声をかけてきたのはこれが初めてだ。
と言うよりも、僕たちは夜にしか会話したことがなかった。
最近夜が待ち遠しいと思うようになったのは、たぶんそのせいだろう。
「昼に来るなんて珍しいね、何かあったの?」
『いいえ……あの、今日は人が少ないから…』
「ああ、隠れなくても見つからないから?」
そう言えば彼女は僕以外からは姿を隠しているんだったか。
正確にいえば姿は僕も知らないけれど、声は僕だけが知っている。
『そう……です…』
何となく歯切れが悪い。
いつもはおどおどした
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