目覚めると、僕は病院のベッドの上にいた。
病院だとわかったのは、雰囲気が理由だ。
「目が覚めたようじゃのぉ、それにしても常に平坦で有名なルビーをあそこまで不機嫌にさせるとはお主何をしたんじゃ?」
気さくな感じの老人がベッドの隣に立っていて、僕に話しかけて来る。
白衣を着ていることから考えると医者のようだ。
僕が今どうなっているのか予想がついた。
ここはクルツ自治領の中だ、ルビーとの戦いに完膚なきまでに敗れた僕はそのまま捕らえられて、この病院らしき建物に幽閉されているんだろう。
両腕に感じられる拘束感から、腕が封じられていることも容易に理解できる。
今すぐどうにかされるということはなさそうだけど、生きて帰ることはできないだろう。
「両腕は丁寧に一本ずつ骨を折られておった、あのまま回復魔術で治したらややこしいことになりそうじゃったし、包帯で固定して自己治癒力を高める魔術を施すだけにしておいたわ、一か月もあれば完治するじゃろ。」
聞いてもいない内容を老人は僕にべらべら語りかけて来る。
人の良さそうな老人だが、魔物と一緒に生活しているような背信者だ、信用できない。
「フレッド、ルビーに負けた勇者の様子はどうだ?」
ドアを開けて入って来たのは、驚いたことにエンジェルだった。
「今起きたとこじゃ、意識ははっきりしとるようじゃが、警戒しとるのか一言も喋らん。」
フレッドと呼ばれた老人が答える。
エンジェルは今度は僕に向き直る、王都にいたエンジェルと同様に幼い顔立ちだけど、彼女の方が凛々しい感じがするし意志も強そうだ。
「私はツィリア、このクルツで法務官を務めている。こちらはフレッド、同じくこのクルツで施療院の院長を務めている、以後お見知りおきを。」
彼女は礼儀正しくお辞儀をするが、僕は目を点にするしかなかった。
「つきましては、貴殿に尋ねたいこと、伝えたいことがいくつか存在するゆえに我々に同行願う。」
そうツィリアが言うと、僕の体はまるで操られているかのように立ち上がった。
そのまま歩いて施療院を出ると、待ち構えていたミノタウロスに荷車に投げ込まれる。
このミノタウロス、戦闘の時オーガや男と一緒に最前列で戦っていた。
「彼女はライア、運送業者でスピード狂、蹄の音がしたら事故に合わぬように人がさっと道路のはじに逃げる様は見物だぞ。」
ついてきていたツィリアもミノタウロスの紹介をしながら乗り込み、発車する。
どこにでもあるようなそれなりに発展した町の風景。
魔物の影はほとんど見えない、あまり魔物の人口が多いわけではないようだ。
少し行くと、だんだん大きな建物に近付いて行く。
建物の前では、ライア同様最前列で戦っていた人間の男と、もう一人、
「ルビー……」
思わず名を呟く。
僕をあっさり倒した赤いドラゴンが、恐ろしく機嫌悪そうに男の隣に座っている。
「来たか、ついてこい。」
男は僕たちを一瞥すると、すぐに中に入って行った。
執務室、という部屋に案内されるとすぐに、若い人間の男がお茶を持ってきた。腕が動かせないから飲めない。
向かい側に座った男はクロードと名乗った。
クロード・ラギオン。
王国では最悪の反逆者として語り継がれる「堕ちた勇者」クロードと同姓同名。
三十数年前に、勇者として旅だった先で魔物に毒されて王国を裏切ったその男の名は、行方をくらまして二十年以上たった今でも「忌み名」であり、語られることは少ない。
本人だとしたら若すぎるから、インキュバスになったのだろう。
「お前が気を失った後は、予想してるだろうがクルツ軍の勝利で終わってる、両軍ちらほら重傷者はいるが死者はいない。ルビーにボロ雑巾にされたお前を見たら、騎士団の大半は戦意喪失した。」
ボロ雑巾とまで言いますか、まあ欠片も否定はできませんけどね。
「総指揮官がクロードに決闘を挑んで負けると、軍は崩壊した。」
「は?」
あまりに信じられないことをツィリアが言うものだから、思わずそんな声が出た。
今回のせん滅作戦の総指揮官だったマクワイア元帥と言えば平民の傭兵上がりながら本来なら貴族しかなれない元帥の階級を始めて与えられた実力者で、僕よりさらに腕が立つ。
一対一の決闘でも、誰かが彼に土をつける瞬間を僕は見たことがない。
「驚くことじゃない、クルツの『人間の領主』は私から祝福を受けてるから下手な魔物よりずっと強いし、クロードはこれでもかなり鍛えてある。」
ツィリアが自慢げにそう説明するけど、それでも信じられるようなことではない。
「話が逸れている。」
ルビーが人さえ殺せそうな不機嫌オーラを放射しながら言う。
「すまん。とりあえず王国騎士団は既に撤退を終えている、貴殿は現在大嫌いな魔物と仲良くする背信者の大集団の中に一人きりだ。」
ツィリアがあっさりと、むしろ軽い調子でそう言ってくれる。
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