以前の手漕ぎ船とは違う、帆と外輪を同時に用いる小型船で北へ向かうこと三十分ほどだろうか、簡素な桟橋と小屋が断崖に張り付いているだけにしか見えない港と言うには余りに簡素な船着き場にたどり着いた。
断崖には明らかに人間が昇るには難儀する箇所にしか内陸部へ入れそうな穴はなく、そこに至るために取り付けられているのは
「昇降機……か? だが動力は……」
「魔動機関だ、質の良いマジックアイテムを使って動力も確保してある、見た目は悪いが結構良い出来だぞ。」
桟橋と穴を繋いでいるのは資材搬入用も兼ねるのであろう巨大な昇降機、確かに少々見た目は悪い。
船着き場にボートを繋ぎ、桟橋に上がって昇降機に向かう、改めてみるとかなり高いところまで移動することがわかる。
ランスが懐から取り出したのは小さな木簡、クルツの紋章が刻印されているそれを昇降機の壁に空いていた窪みにはめ込むと、木簡が光を放つ。
「魔動昇降機、起動。上昇を開始。」
ランスがそう指令を出すと、それに応えるように昇降機が作動し私たちの体を運んでいく。
「そういや、その子……イヴだよな? もしかして親とはぐれたりしてるんじゃないか?」
「なんでわかるんですか?」
「……俺が船でメルのところに向かう少し前に、ブラックハーピーの集団がクルツを通ったんだ、娘とはぐれたって言ってたんだよ。」
ランスがそう言いながら、申し訳なさそうな顔でイヴを見ていた。
「気にしなくて良いですよ? 私たち渡り烏の一族は『もしも仲間とはぐれたらその土地で幸せになりなさい』という掟があるんです。イヴはいまとても幸せなので、大丈夫です。」
「そう……なのか? 確かに彼女たちも娘とはぐれた割にあっけらかんとしてたというか……」
海と言えばほぼ完全な魔物たちの領域だ、旧世界では陸や空で暮らす者たちが海に落ちることは死を意味したが、現在の世界では海に落ちることは死に繋がらず、海で死ぬ者はほぼいないとされている。
だからこそ、はぐれてもその生命を心配することはあまりないのだろう。だが再会することも困難と予想されるためにそういった掟によってせめてもの幸福を祈る。
しかしあの島の海辺に誰かが彼女を抱え上げたのだとすれば、一体どうしてあそこを選んだのだろうか。
そうでなければ私はイヴには逢えなかったとは言え、その辺りは疑問に思ってしまう、あの島は魔物にとって安全とは言い辛いのだから。
私が物思いに耽っていると昇降機がガコンと音を立ててひときわ大きく揺れる。
「ついたぞ、とりあえず二人とも領主館まで来てくれ。領主に紹介する。」
そう言われて、ランスについてトンネルに入っていく。
木材と金属で崩れないように支えられたトンネルは意外にも広く、金属製のレールのようなものも敷設されている。恐らく資材運搬用のトロッコが通るものだろう。
私があの島に送られたときはローディアナから直接船に乗せられて移動したのでクルツを通ることはなかった、なので私にとってはこれが初のクルツ入域ということになる。
トンネルを抜けるとそこに広がっていたのは思った以上に栄えた、都市とまでは行かなくとも少し大きな街程度の規模はしている集落だった。
中心街であろう石造りの建物が並ぶ町並みが遠くに見える、そこから少し離れたところには煉瓦造りの教会と、その反対側に明らかに他の家よりも大きく頑丈そうな造りの建造物が目に入る。
ここからだと、中心街をまっすぐ横切ることになる位置関係だ。恐らくあれが領主館と呼ばれている建物だろう。
恐ろしく緊張してきた、ランスは実力と働きで認めさせろと言ってくれたが実際のところ領主に出会った時点で切られてしまったらどうすることも出来ないのではないだろうか。
そんな風に後ろ向きに考えているのを察知したのだろう、イヴが私に寄り添い、
「大丈夫です、ここが駄目だったら、イヴがメルを連れて誰も居ないところに行きます。」
と励ましてくれた。
「ランスから、あと姫からも話は聞いてる。」
「そ、そうなの……ですか?」
私より十歳ほどは年上であろうクルツの「人間の領主」クロードは、険しい表情を崩さずに私に声をかけてくる。
「丁寧な口調は良い。楽にしろ」
「はぁ……しかし……」
私が内容を記入した書類を上から順に見ながら、クロードは一応恐らく彼なりに気を遣った態度で私に接してくれる。
ランスに曰く彼が険しい顔をしているのはいつものことだそうだが、初対面の人間にこの表情で接せられるとどうしても身構えてしまう。
「治安維持活動の経験あり、剣術、下級補助魔術、集団指揮に適性あり……」
記入した書類には前歴や特技、趣味などを出来る限り細かく記載した記憶がある、入植の希望者が必ず書く書類だと言っていた。
「クルツには、これまでツィリアを除き治安活動を職業として従事している者が居
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