いつもに比べてやや忙しい仕事が終わると、俺とチェルシーは他の従業員の皆が上がって行った店に残って後片付けをしてから、店長からとある講義を受ける。
「というわけで、さっき教えたとおりこの髪紐が、クルツの治安を維持するためにルミネさんが開発した特殊な呪いに置いて最重要の触媒になるわけよ。」
それが、服屋が行うクルツの治安防衛手段の一つである呪いに関する勉強だ。
悪用することで魔物を完全に無力化させる手段にも変わりうる技術だからこそ、それを教えられているのは店長と彼女が信頼するに足りると判断した人間に限られ、他言無用になっている。
俺たちがすることは、服に魔物の体の一部(基本的には体毛特に髪の毛や尻尾の毛を利用する、ドラゴンやメロウなど鱗や羽が生え変わる魔物の場合その部分を利用してもいいらしい)を仕込んで加工することだ。実際の呪いは、魔物の領主であるルミネさんが施す。
これによって魔物の本能が暴走して騒ぎを起こすようなことを未然に防ぐわけだ。
尤も、発情期などで本能が精神を占める割合が大幅に増すとその効果は気休め程度のものになってしまうので完全とは言えないが、無いよりはずっといいらしい。
例えばワーキャットの発情期なら長くても数日で済むし、発情期の間ずっと肉体的接触を持っても次に訪れる発情期までの時間はほとんど変化しない。人間を魔物にする性質を持ったサキュバスやワーウルフの場合そうした欲求はほぼ抑えられる。
だから、すべての魔物がそれを日常的に着用している。
例えばワーキャットのシェンリとその妹のクリムならば左腕に着けているリストバンド。魔物の領主であるルミネさんの娘でサキュバスのネリスならば、彼女がいつもベルトのように利用している大きなオレンジ色のリボンがそうだ。
「私たちはあくまで下準備として仕込むだけだから呪いそのものを理解する必要はないわよ。仕込む体毛の加減さえ間違えなければあとは何とかなるわ。」
「その加減がしんどいんですけどねー。」
そこは魔物が持っている魔力や本能の強さ・理性の大きさによってその都度大きく変わるため感覚に頼るしかない。多いと窮屈だし、少ないと暴走の危険がある。下手をすると、呪いが強く作用しすぎてろくに動けなくなることだって起こりうる。
成長によってさらに新しく装飾を新調することも特に夫もちの魔物が徐々に多くなって魔物の数もわずかに増えた最近では増えているため、魔物の数がそこまで多くないからと言ってこの仕事をできる人間が少なくていい理由にはならない。
「ヘルマンさん、泣き言多いですよね。」
「うるさいな、こちとらお前みたいな才能あふれる人間じゃないんだよ。」
チェルシーは既にひとつ、親友であり同じ男の妻であるグリズリーのベルのために仕立てあげてるくらい上手だが俺はまだ任されたことがない。
「そんなヘルマンに朗報よ。レティのアクセサリが新調されるわ。農場で働いてるうちに擦り切れてきたんですって。」
店長が突如としてそんな話を持ち出した。
この話の流れで俺に対して切り出すことが意味してる内容は一つ「俺に作れ」だ。それを理解した俺は視線で「本気ですか?」と訊ねたが店長は笑って首を縦に振った。
「レティ直々のご指名よ、毛の採集から是非ともヘルマンにって言ってきたわ。」
念を押すようにそう言ってきた、この仕事の場合、特別にやってほしいと希望する人間がいる場合は極力、無理であると言い切れる理由がない限りは断れないのが慣例だ。
魔物たちも恋する乙女、好きでもない相手に体の一部を預けたりましてやぐりぐり弄られるなんてことはなかなか容認できる話じゃない。
しかしまさかここでレティが俺を指名してくるとは思わなかった、確かに俺は服屋の店員の中では一番彼女と親しいし嫌われているイメージはなかったとはいえ、そんなことを頼まれるほど信用されているとも思ってない。
「明日の昼からレティが来るから、しっかりしなさいね。」
「明日!? 早すぎじゃないです!?」
「だから、大分摩耗してるのよ、放置してたけど一回千切れたらしいし。」
レティのアクセサリは確か猫姉妹と同様のリストバンドだ、動物の世話をする仕事のうちに確かに擦り切れてきてもおかしくはないしそうなると一刻の猶予もない。
「それじゃ、今日の講習はここまで、早くおうちに帰りなさい。」
店長のその言葉にしかたなく俺は店長の家を出た。
そして、窓から何やら覗き込んでいた男と目が合う。俺がそいつの方に向けて一歩足を踏み出すと、男は一目散に逃げ出した。
「おいお前! 何を見た!? 何をしてた!!」
そう怒鳴りつけながら俺は躊躇なくそいつを追った、別に俺たちの担当する部分は下地を作る段階だから他人にばれても問題ないんだが、もし下手にまじない等を知ってる人間がいておかしな術をされてしまってはいけな
[3]
次へ
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録