転魔の書 ダークプリースト編

魔界からも大都市からもかなり離れた地に、ぽつんと名もない小さな村がある。
村人の大部分は顔見知りで、主な産業は農業と畜産業。家畜は百頭ほどの山羊と十頭の馬しかおらず、村を取り囲むように広がる広大な畑では果実類や麦を産出している。
都会に訊ねていく若者は少なくないが、都会から訪ねてくるものは少ない典型的な田舎村。
そんな田舎にも、教会がある。
もともとこの土地で祀られていたような豊穣を祈る神ではなく、ある日突然やってきた王国の偉い人が勝手に建てた教会だからあまり真面目に信仰している人もいない。
ただ一人、この教会の修道女ジェレを除けば、だが。
彼女はそもそもこの村の出身ですらなく、血縁からしてもこの村とのゆかりなどない。
「どこそこのこういう村に教会建てたからお前行って来い」とかつての上司に命令されて、たった一人でこの村にやってきた。
最初こそ「これも神の与え給うた試練。主神の教えをこの村に広めよう、自分こそが伝道師となるのだ」と息巻いていたジェレだが、その後の三年で嫌と言うほどこの村の人々が主神の教えに否定的と言う事実を思い知らされた。
自然が多い地域には必ずと言っていいほど生息している魔物たちすら、年寄りの多いこの村に積極的な興味を示すことはなかったほどなのだからなおさらである。
そうしてジェレの仕事は主に布教活動ではなく、地域の人々との交流や、昔得た知識を生かしての病気の治療、薬の調合に費やされるようになった。
「ふぁあ………んー…おはようございます、神よ。」
朝起きてすぐに着替えると、まずは礼拝堂に向かう。
それほど広いとは言えない礼拝堂で、並んだ木製の椅子一脚ごとに無理をして三人座ったとしても十二人しか座れない、その小さな礼拝堂で一時間ほど祈りをささげるのがジェレの日課だった。
聞いていると心地よい目覚めの朝でもすやすや寝れると評判の神への祈りの言葉を唱えながら、朝日の差し込む礼拝堂で一人祈る姿はどこか神聖で冒しがたいものを感じさせる。
その途中で奇妙な物音を聞いた気がしたが、ジェレは祈りを優先した。
そして祈りの時間が終わると立ち上がり、厨房に向かう。
近くの農家から分けてもらった野菜を使った質素なスープと、自分の手で焼きあげたパンだけのつつましい食卓につき、また感謝の言葉を述べながら食事をとる。
食事を終えたら食器を綺麗に洗ってから、必要な手荷物を持って扉を開けて村に出ていく。
「おやおやジェレさん、おはようございます。」
「おはようございますエルマさん。」
牛車に荷物を載せた年配の女性とあいさつを交わし、村の人たちと今日も交流が始まる。
牛たちが引く鋤が畑の土を掘り起こし、男たちが肥料をまいて女たちが的確に畝を彫り上げていく。
「ジェレお姉ちゃーん」「お姉ちゃーん!」
幼い男女の双子がジェレの腰に飛びついてくる。
「おはようございます、マリーちゃん、ミシェル君。」
彼女は人柄なのかそれとも大人たちが仕事で忙しい間に構ってくれる相手だからなのか妙にジェレに懐いており、こうやって遊んでほしそうに向かってくる。
「ねぇねぇ遊んでお姉ちゃん!」「遊んでよお姉ちゃん!!」
修道服をぐいぐいと引っ張りながらねだる子供たちだったが、今日はジェレにも割と急ぐ用事がある。
「すいません、今日は遊んであげられないんです、ロドキお爺さんがご病気なので、そのお薬を届けて差し上げなくてはいけないんです。」
「えー!」「ええ―――っ!!?」
ジェレが断っても双子は折れる姿勢を見せない、それどころか一緒にお見舞いに行くと言い出す始末だ。老いて病床に伏せるロドキ爺さんは今すぐ薬を届けなくては死んでしまうほどではないと言え、この煩い双子を今連れて行くのは間違いなく健康を損なう。
「おらチビども、ジェレさんが困ってるだろ。」
二人の首根っこを
#25681;まえて持ち上げたのは村の若者であり双子にとっては兄にあたるコーヒー色の髪の青年マイルだった、彼は双子を持ち上げた姿勢のままジェレに会釈をする。
「どうもすいません、うちのチビが。」
「いえいえ、懐いてくれることは純粋に嬉しいので。ところでマイルさんは畑仕事は良いのですか? ムラードさんたちは元気に働いていましたけれど。」
畑仕事を続行する三人の親や親戚の姿を思い出しながら訊ねる。
「俺は水汲みです、畑にまく分とみんなが飲む分と洗濯の分。一人で全部運んでくれって言われたもんだから必死ですよ。」
「うそつきー」「兄ちゃんいつも軽い軽いって言ってるくせにー。」
「そうなのですか?」
マイルの言葉に対する双子の指摘にジェレも首を傾げる。確かに必死と言っている割には汗一つかいていない、近くに置かれている水がなみなみと汲まれた桶もジェレが持てば一杯も持ち上がらないだろう大きさのものだが、二杯ある。
何より子
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