「お疲れ様でした〜」
仕事が終わり、職場を後にする
いつもと同じ繰り返し、帰宅の時間だ
「今日も疲れたな、っと…」
そう言いながら、音楽を聴く準備をする
通勤時と退勤時の唯一の楽しみだ
「今日はなに聞きながら帰るかね…」
そう言いながらも、出てくるのは溜息だ
明日の仕事も早く、帰りも急がないといけない
音楽をゆっくり聴く時間もあまりない
―――それこそ、帰っても直ぐに寝ないといけない
「仕事はまぁ嫌いじゃないけど…もう少しゆっくりしたいよな…」
不意に零れる愚痴
「…」
おかげで、なんとなく今日は音楽を聴きながら帰る気分ではなくなった
・・・
「ん?」
帰っている最中の事だった
なんとなく音楽を聴かないで帰宅している最中、何かが聞こえた気がしたのだ
「…歌?」
近くの路地の奥で、誰かが歌っている
その声はとても綺麗で―――楽しそうな気がした
なんとなく気になって、その方向に向かってしまう
―――明日も早いのに、何やってんだろ
そんな事を思いながらも、その歌の歌い主を見てから帰りたい衝動に駆られていた
「〜〜〜♪」
そこには―――電柱の上で座って歌っている女性がいた
女性というより女の子、と言った方が良いような可愛い系の顔立ち
熱唱しているからなのか、こちらには気付いていないようだ
が、それ以上に気になるところがあった
足はまるで鳥のかぎ爪を思わせ―――
手も羽が生えているように見える
その姿はまるで…
と、ふと彼女の歌が止まり―――
気がついたら、お互い眼が合っていた
・・・
「ふーん…私の歌につられて来た、と」
「そんな感じだね」
眼が合った後、電柱から飛んで降りてきた彼女に、なぜかココアを奢っている
―――可愛らしい声で頼まれて、ノリで出してしまったのは言うまでもない
「私の歌、良かったかな?」
「まぁ…」
「歯切れ悪いわね〜…微妙なら微妙って言いなさいよ?」
そう言いながら、器用に羽でプルタグをあけ、器用に飲んでいる
「…見世物じゃないわよ?」
「ココア代、って事にしといてよ」
ジト眼で見られながらそんな事を言われているが、こちらもとりあえずの反撃もどきをしておく
「ふ〜ん…私の歌には何も出す価値がない、と」
「…喜んで2本目奢らせていただきます」
「わーい♪ありがとう!」
軽く脅しの効いた眼で睨まれたら、嫌でもこうなると思う
が、彼女が喜んだ笑顔も可愛いので、よしとしようと思う
「あ、ココア2本もらったし…なんかリクエストあったら歌うよ?」
「マジで!?頼んでいいの?」
「マジマジ、わかんなかったら聞かせてくれたら歌うよ〜」
そう言ってくれる彼女にリクエストをしようとした時だった
―――もう、日が回っていた
「やっべ…早く帰って寝ないと…」
「ん?」
キョトンとしながらこちらを見やる彼女に告げる
「仕事朝からだから、もう帰らないと…また今度で良いかい?」
そう告げると、寂しそうに頷いていた
「仕事なら…仕方ないね」
「…俺も聞きたかったけど、さ…」
気まずい沈黙が続いた
「じゃあ、また―――」
今度と続けようと思ったその時だった
「明日も同じ時間にいるから!」
そう彼女が俺に告げる
「明日…うぅん、これから毎日ここに来るから、リクエストしに来てよ!私張り切って歌うから…ね?」
喋っていくうちに、どんどん小さくなる声だったが、内容は良くわかった
「なら…明日この曲歌ってくれないかな?」
そう言って、俺は彼女にリクエストをした
・・・
「今日も仕事終わったか…」
職場から出て、外で軽く体をほぐす
あの日から、退勤時が楽しみで仕方ない
急いでいつもの場所に向かう
そこには―――彼女がいつも通り歌っている
昨日の帰り際にリクエストした曲を歌いながら、待っていてくれる
―――あれから、毎日ここに来てから家に帰る習慣が付いた
彼女の歌を聴いた翌日は、非常に快調なのだ
彼女もほぼ毎日来てくれて、毎日色んな歌を聞かせてくれる
しかも、その歌は俺しか聞いていない
彼女の歌を聴きながら、今日も二人きりのライブコンサート会場へ向かう
ホットココアを持って、いつも通りになったこの道を
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