そこにある小さな優雅な時間

「ありがとうございました」

一日の最後のお客様を見送り、私は店を閉める
無事に仕事を終えた充実感と、自分の未熟さ故の反省点を考えながら、店の弊店作業を進めていく

―――今日の出来は…52点だな

接客も固い部分がまだあり、さらには自分が本当に満足いく物が作れたのか…
また、それがお客様満足させるのに十分だったか

それを自己採点していった結果、あまりいい出来とは言えなかった

―――あまりにも、私は未熟すぎるな

幼い頃からの夢であった料理人の夢を叶え、父から少し援助してもらう事になったが自分の店も持つ事が出来た

しかし、私は思う

果たして、私の料理はこのままで良いのだろうか?
私自身、なぜか満足がいく物が作れていない

なぜ―――

そんな事を思いながらゴミ捨てをしている時だった

「ん?」

近くに、誰かが隠れるのを感じた
感じたというのは、見たわけではないのでそうとしか言えないからだ

「誰かいるのか?」

その言葉に反応して、近くで何かが動く気配を感じた
―――物乞いか、強盗だろうか

どちらにせよ、警戒が必要なのだろう

「別に何かしたりする事はない。隠れられるほうが不快なだけだ」

そういうと―――

「あの…その…」

物陰から出てきたのは―――

「…」

「…え、えっと…」

一匹の、デビルバグだった

・・・

「つまり美味しそうな匂いにつられてここまできた、と」

目の前のデビルバグは頷く

―――あの後、彼女を見た私はとりあえずどうしたら良いものかわからないでいた
デビルバグ―――不潔な魔物とよく言われている彼女をゴミ捨て場とは言え料理をする身で見るとどうも躊躇してしまう

美味しい物を安全に食べて頂くには、衛生面も気にしなければならない
その観点から言ったら、目の前の彼女はある種天敵かもしれない

しかし、そんな彼女を見ていておかしな点にも気付く

どんな物でも食べる彼女の頬が、痩せこけていたのだ
しかも、発情もしていない

なんにせよ―――

「…余り物で良いなら、何か食べるか?」

「えっ?…い、いの?」

「そんな、いかにもお腹が空いてますな見た目で料理人の前にいるんだ…少しこちらの要望も聞いてもらうがいいな?」

そう言って、私は彼女を家に迎える事にした



「で、その美味しそうな匂いのものは…美味しいか?」

「…うん」

一気にがっつくのではなく、少しずつ、ゆっくりと食べる彼女

「それはよかった」

ホッとして、胸を撫で下ろす
ただでさえ最近は料理がうまく出来ていない感覚に陥ってしまっていて不安で仕方がなかった私は、彼女の言葉に安堵した

「こんなにおいしいの…生まれてはじめて食べた」

「大げさだな…」

大げさに言う彼女の言葉に、私は嬉しさを隠しきれそうにない

「ご飯を食べたら、すまないがお湯で体を洗ってくれよ?…一応清潔に心がけているのでな」

「…わかった」

心此処にあらず―――
今の彼女を例えるなら、そんな感じだ

とにかく目の前の私の料理に心がいっている

しかし―――

「すまないな、ご飯とかでなくお菓子しかなくて」

「?おかし?」

そう、私は菓子職人
その為、夜遅くにご飯ではなく、彼女にお菓子を振舞う事になっていたのだ

「よくわからないけど…おいしいよ?」

「そう言ってもらえるとありがたいが…本当ならご飯とかの方がいいのだが…」

「…うん?」

お菓子が何なのか良くわかってない彼女には、ご飯もお菓子も変わらないらしい

「そういえば…自己紹介がまだだったな」

「…じこ、しょうかい?」

お菓子を一通り食べ終えた彼女に、私は自分の名を告げる

「私はバルド。バルド=クレッセントだ」

「バルド…よろしく」

彼女はそう言いながらどうしたらいいのかわからないでいた

「君の名前は?」

「なまえ…」

そう言うと、彼女は小さく「ない」とだけ言って顔を伏せた

「みんなで暮らしていたときには、なまえとか気にしなかったから…」

「他の皆は?」

彼女は首を横に振る

「いっぱいいろんな人が来て…こわくて…気がついたらここら辺にいて…」

その言葉に、私は言葉を失う
おそらく、デビルバグの巣を駆除しようとした教団の騎士たちの事だろう
彼女の巣を襲い、そのまま彼女の『家族』はみんな散り散りにされてしまったのだろう

―――その言葉に、かつて共に暮らした友人を思い出す

が、直ぐに頭の墨に追いやる
あいつがこんな事に賛成するとは思えないし、何より目の前の彼女が最優先だ

彼女は、不安に押しつぶされそうな…今にも泣き出しそうな目をしていた

「…しばらくここにいないか?」

気がついたら、言葉が出ていた

「ここは料理をする所だから、君の昔いた所みたいに出来な
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