「さて、後は味噌がとけるのを待つだけだな」
味噌汁を作りながら、俺はふと思う
―――普通の家庭からみたら、俺はかなり色々言われるんだろうな
昔から、男が金を稼ぐ、女は家事と言う考えが当たり前なこの社会で、妻に稼がせる自分は怠け者と言われるだろう
が、それで構わない
どう言われようが、今の生活の方が昔と違ってよっぽど充実してる
「ただいま〜」
愛しの妻が帰宅を告げる
「おかえり。もう少しで味噌汁出来るから」
「ありがと〜。君のご飯がなかったら私は大破産だよ〜」
そう言いながら、人化の術を解き始める
そこには、一人の刑部狸がいた
・・・
「君のご飯は美味しいねー」
美味しそうに、もっきゅもっきゅと言う音が聞こえてきそうな感じに食べている彼女は、お世辞抜きに可愛らしい
「いつも思うけど、どう美味しいんだい?」
「ん〜…」
悩みながらもおかずを食べるのをやめない
―――本当に、可愛らしい
「これ無しでは生きられない中毒性だね!ホント、今までこの才能に気付かなかったなんて犯罪級だよ!」
そう嬉しそうに言う彼女が、眩しくて―――
本当に彼女と結婚して良かったと、心から思える
・・・
あの頃の俺は、がむしゃらに働いていた
働きながら、とにかく金を稼がなきゃいけないと思っていた
そんな時、俺は彼女と出会った
当時の彼女は俺の先輩で、兎に角優秀だった
そんな彼女に、俺は勝ちたかった
勝てば認められ、もっと良い暮らしが出来る
だから勝とうとしていた
けど―――
俺は体をダメにしてしまった
無理をし過ぎて、体に負担が来てしまったのだ
俺は当然のように職を失った
使えないやつはいらない、それがルールだから
「…君、大丈夫かい?」
そんな俺を気遣って、入院してた俺を見舞いに来てくれたのも、皮肉にも彼女だけだった
「…一応は」
「よかったぁ〜。君がいなくて心配だったんだよ」
そう言いながら、彼女は俺にある紙を渡す
「君さ、これからの生活大変でしょ?だから契約書」
そう言われた紙にはただ一言、こう書いてあった
【あなたの事が好きです。一緒に住みましょう】
「…なんの冗談ですか?」
当時の俺は、彼女の言葉を信じられなかった
「大真面目だよ?」
悪意もなく、純粋な笑顔で俺に言う
「君が働いてる姿をみててね、なんとなく思ったんだ」
綺麗な笑顔を、より可愛らしくしながら、彼女は言った
「あぁ、この人はお金に取り憑かれてるんだなって。私達と同じなのかなって」
そう言う彼女から、狸の耳が生え始めた
「でも、この人はお金に取り憑かれてても、お金に振り回されるんだろうなって」
「その耳は…」
「うん、本物だよ?」
そう言って、彼女は自分の正体をバラした
「刑部狸って、人外の一匹が私だね」
話を戻すよ、と彼女は言う
「案の定君は振り回されて体を壊してしまった。それだけなら私の予想通りだったよ?」
彼女が、始めて悲しそうな顔をする
「でも、君が会社からいなくなるのは予定外だったよ…」
「…仕事出来なくなった奴は捨てられるじゃないですか」
「でも、君のおかげで利益も上がってたんだよ?だったらおかしいよ。つまずいたらポイなんて、絶対変だよ」
だから、と彼女は続ける
「私は君を自分のものにする。君が倒れないように、私が君の生活をどうにかするよ」
「…俺は、勝手に…」
「私に勝とうとし過ぎたんでしょ?そこまで私を買ってくれた君だからこそ、私も頑張れたんだよ」
そう言いながら、彼女は改めて契約書を俺に渡す
「絶対、後悔させないよ?」
・・・
「ん?どーしたの?」
食事が終わり、食後の一時を楽しみながら彼女と暮らしはじめを思い出していた時、不意に話しかけられた
「いや…なんでもないよ」
「そうは問屋が許さない。なんか考えてたんだったら、言ってよ」
そう言いながらむくれる彼女は可愛らしい
「そうだね〜…どうしようかな〜…」
勿体ぶりながら、俺は彼女に伝える
「本当に後悔しなかったなって、思い出してた」
それを伝えると彼女は、みるみる顔を赤くし始めた
「あ、当たり前だよ!こんな美味しいご飯作ってくれて、家事もしてくれて、カッコ良くて、それからえーっとえーっと…と、兎に角良い旦那様を後悔させたくないもん!」
そんな彼女の言葉が嬉しくて、俺は、明日からも彼女の為に味噌汁を作り続けたいと、心から思えた
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