夜。街道分岐点。首都と、次の街への股であった。一行は街道を挟む叢の中に隠れて、旅人を待ち受けていた。取り引きを持ちかけ、現金と変装用の装備を借り受けようという寸法である。与えるものは、旅人の命。要は追いはぎである。最早まともな手段で準備を整えることは不可能であろう。首都にはすでに三人の手配が回っているはずであった。夜は良いが、昼になると人通りが多く、行為には向かない。故に明るいうちは街道から大きく外れたところに穴を掘り、そこで順番に仮眠を取りつつ教団の動向を探った。
しかし、旅の配分を間違えた間抜けは中々現れなかった。もう、三日目になる。追手は今のところ見られないが、それがかえって不気味だった。
「厭きたわ。案外静かなものね」
柔らかい草の上に寝転がりながら、ミラベルが言う。その目は遠く、星を見ていた。街道を見張る気はすでに無いらしい。
「白昼堂々に強盗が勤まるかよ」
と、ヨハン。
「力技よ」
ぬけぬけと言う。それきり、また静寂が訪れた。人や獣の気配はなく、虫たちの声がある。さらに耳を澄ますと、遠くで風の音がした。深い、耳鳴りのような音だった。
不意に、耳鳴りが止んだ。黙々と見張っていた岩男が、居なおし、二人のほうを向いた。その五感が何かを察知したらしい。
「どうした?」
声を潜めて、ヨハンは問うた。
「鈍いわね。馬車よ」
振り向くと、ミラベルは起き上がっていた。獰猛な笑みを浮かべている。二人の耳は車輪の土を踏む音を捉えたようだが、ヨハンにはそれを感ずることは出来なかった。
三人は微動だにせず、馬車を待ち受けた。そのうちに、ヨハンにも固い土の擦れる音と、荷物の揺れる音が聞こえてきた。
作戦は単純であった。旅人が射程範囲に来たとき、三人一挙に飛び掛る。徒歩の場合はまず一撃をくれて動きを止めてやり、それから落とす。馬車の場合は、御者を同様の方法で気絶させておき、それから車の中身を見る。間抜けな旅人は何も分からぬうちに朝を迎え、そして追い剥ぎに遭った事を知るだろう。
何も知らぬ馬車は、ゆっくりとした速度で進んでくる。月明かりだけを頼りに走るには、狭すぎる道であった。跳びかかれる距離に入るまで、いくらもない。夜の闇に、重い音がせわしなく響いた。三人は頷き合った。
ところが、馬車はその歩みを止めた。馬車にこちらを探る動きは無い。馬車は、ただ止まったようにみえた。気付かれたのか、それともただ気まぐれで止めたのかはわからなかった。
三人は動かなかった。馬車も動かない。やがて御者が口を開いた。
「やあ、あのときのお三方。三日ぶりですね」
気付かれていた。ミラベルは口に手を当て、地面に向かって返した。
「誰だ」
地面や草の反響を利用した声である。御者には、四方八方から声が聞こえているはずだ。これで、どこに隠れているか分かるまい。先手を取る必要があった。
「憶えておりませんか。馬車でご一緒した者ですよ。それにしても、何をなさったのですか? あなた方に懸賞金がかかってますよ」
憶えていたが、どうでもよいことだった。懸賞金も、言われるまでも無い。こちらとしては、金と衣服をいただければそれでいいのである。
「そうか。では金と命、どっちが惜しい?」
「あなた方が欲しいですね」
とぼけた男だと思った。流れは一定しない。あまり時間をかけるのも愚である。力に頼ろう。
「そうか。死ね」
ミラベルがそう言ったときにはすでに、ヨハンと岩男は跳んでいた。ヨハンは一直線に。岩男は地を這うように。常軌を逸した瞬発力であった。
ところが、そのまま男に直撃するかに見えたヨハンの体当たりと岩男のかち上げは、空を切っていた。岩男とヨハンは互いの体を衝突させ、大きくバランスを崩した。男の姿が、消えていた。
「これはひどい。突然襲い掛かってくるなんて。私があなた方に何かしましたか」
声は、ミラベルの頭上から降ってきた。伏せたミラベルの目の前に、男の革靴があった。動けなかった。
「私は闘技場の者です。あなた方を捕縛するつもりは、私にはありません。生憎教団とは仲が悪くてね」
「連れて行ってくれ」
言ったのは、岩男である。突拍子も無い発言に、ヨハンとミラベルは目を白黒させた。
「ちょっと、どういうつもり?」
「闘技場には、魔物が居るのだろう」
「信用できるものかな」
ヨハンとミラベルは警戒をあらわにする。お尋ね者の身としては、神経質にならざるを得ない。
「申しましたように、闘技場と教団は敵対しております。同様に教団に追われているあなた方は味方というわけだ」
「どちらにしても、情報が少なすぎる。付いてゆこう」
岩男は二人を諭した。うますぎる話だが、他にやりようが無いのも事実であった。
男の名はヴィンセントと言った。ヴィンセントは馬車を置くと、
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