吸血鬼と司教(後)

「足元にお気をつけ下さい」
「おう」

 兵士の忠告に適当な返事を返しつつ、エドモンとジラルダンは闇に向かって伸びる梯子を一段一段降りていく。20フィートも降りただろうか、やがて彼らは整地もろくにされていない埃っぽい坑道に降り立っていた。
 エドモンが左手に持ったランタンを掲げると、闇の中に溶け込むようにして佇んでいた一匹のコウモリが「きい」と小さく鳴いてバタバタと奥に向かって飛び立った。それに誘われるように坑道を進みながら、エドモンは傍らのジラルダンに冗談めかして話しかけた。

「ジャイアントアントの工兵ってのは恐ろしい手合いだな、なあ。昔の戦場でもこいつらには手を焼かされたぜ。あっという間にこんな地下道を作っちまうんだからなぁ」
「閣下は大戦争ではどの部隊におられたのです?」
「メルケル方面軍の第八黒十字旅団だ」
「というと、あのウルバヌス[世の軍団で」

 その名前を聞いたエドモンは、ブルリと総身を震わせた。

「ウルバヌス……あの気狂いめ。あのアホのせいでどれだけ俺らがわりを食ったか」
「心中お察しします」
「けっ、言ってろ。全く……糞みてぇな戦争だったぜ。なぁ、話してたら思い出しちまった、景気づけに酒保の木箱開けていいか? ほら、こないだ新しいの来てただろ、コニャックの……」
「いけません」
「少しくらい」
「ダメです」
「…ええい、くそ。あれも駄目、これも駄目、てめぇは俺のお袋か」

 そう言って、エドモンは常人ならば思わず閉口するような口汚いスラングで罵ったが、相変わらずジラルダンはその鉄面皮をちらりとも動かさずに捧げ持ったランタンを頭の高さに掲げた。

「到着しました」
「全く、地虫になった気分だ」

 ぶちぶちと文句を言うエドモンだったが、じめじめと湿った坑道を出た瞬間に軽口も不平不満も一瞬で消えた。
 薄暗い通路を抜けた先にあったのは木箱や樽が積み上げられた地下倉庫の中である。本来ならばこれらをどけて来賓窓口に相応しいようにするべきなのだろうが、この砦にそんな空間的余裕など欠片もないことは明白だった。
 出口でランプに二人を待ち構えていたのは、銀髪を後ろに撫で付けた壮年のインキュバス。
 この砦の主であるジルベルスタン伯爵の家令で、実質的にこの夜の貴族連合を取り仕切っている参謀であるイゴールだ。
 きいきいと甲高く鳴くコウモリが彼の周囲をくるりと一周すると、それに合わせたかのように完璧な作法で彼は一礼した。

「ようこそおこし下さいました、ダヴィヌス猊下、ジラルダン様」
「うむ、案内せよ」
「は、こちらへ」

 先程までのだらけきった空気など欠片も匂わさず、エドモンは尊大で居丈高な調子で受け答えしながらズンズンと通路を進んだ。
 階段を昇って倉庫を抜け、真っ赤な絨毯が敷き詰められた石造りの廊下を進む途中で何人もの魔物が彼らを見ていた。その視線に含まれるのは、畏怖、恐怖、警戒、憎悪、嘲り……多種多様の視線をエドモンは何するものぞと言うふうに撥ね付け、ジラルダンはその鉄壁の無表情で弾き返した。
 やがて三人は砦内に存在する会議室にやって来た。
 会議室とは言っても、その規模はエドモン達が本拠地にしている城砦にあるものと比べれば小部屋と謁見の間くらいの差があった。それでも少しでもその狭い部屋を有効活用しようとする涙ぐましい努力がそこかしこに透けて見えたが、如何せん元の大きさが大きさである、無駄な努力と言わざるを得なかった。
 エドモンとジラルダンが並んで円卓の席に着くと、その真正面から一つ右にずれてにイゴールが座った。
 毎度のその行為に、エドモンは今日も小馬鹿にするように鼻を鳴らした。

「失礼、当主ジルベルスタン伯爵が居られぬようですが」
「伯爵様はお加減が優れぬようですので、今回は欠席なされます。どうか平にご容赦を」
「それはお気の毒に、早く回復されるよう拙僧も祈っておきましょう」
「お気遣い感謝いたします」
「気遣いで治ればよいのですが。恐れ多くも伯爵様は随分と長い間闘病生活を送っておいでのようだ」

 この一連の会話も、最後の皮肉以外は今まで何度となく一言一句違わず交わされてきた。
 吸血鬼が病欠? ふん、面白くない冗談だ、ふざけやがって化け物どもが。そう心のなかで罵って、悪態をついて、思わず皮肉の一つでも言いたくなるのが人情だと言うものではないか? なにせ、こっちはツートップが揃い踏みでやってきているというのに、向こうはその肝心の親玉が一度足りとも姿を見せないって言うのだから! それって、いくらなんでも無礼すぎるってもんじゃないか?
 そんな風にふつふつと沸き上がってくる不快感を笑顔の奥に押し隠しながら、交渉は始まった。
 ジラルダンと家令が感情の篭らぬ平坦な声色で互いの利害をつつき合わせると、途端に
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