「軍曹、プリニー軍曹、起きてください」
「ううぅん……」
傍目には水の入った盥に話しかけている変人に見えたのだろうが、その盥から返事があって周囲がどよめく。
「すげぇ……何で分かるんだ?」
「パネェ……!」
「相変わらず無駄な技能だな」
「俺なんかタライがあることすら気付かなかったぜ!」
「いや、それは単なる馬鹿だ」
「テメエ目ん玉ついてんのか?」
「あれぇ!?」
自分でも何故分かるのか少し首を捻ってしまうが、何となく分かってしまうのだ、それ以外に表現のしようが無い。とにかく今は彼女に起きてもらわなければ……。種族が違うといっても一応異性なので。
「軍曹! 何でこんな所で寝てるんですか!? 男湯ですよ!」
「うう……」
ズルズルと盥の中の水が人型に盛り上がっていくと、背後で見ていた奴らの間から「おおぉ!」と再度どよめきが上がる。自分も初めてこの光景を見た時には驚きと同時に思わず顔が引き攣った。子供の頃に殺されかかってから、自分はスライムが嫌いだ、嫌悪していると言ってもいい。なのに、衛生兵として配属された先の上官はシースライム族……運命の皮肉というか、神の悪意を感じてしまう。畜生め。
「あーユージンごちょー、なあにー?」
「はぁ…………とりあえず出てって下さい、男湯ですよ」
「んー?」
きょろきょろと周囲を見回して、首を傾げる。
「ああれぇ? 何でー?」
「知りませんよ、動けますか?」
「うーん」
それは「うん」なのか「うーん無理かなー」かどっちなのだッ、全くこの間延びした話し方にイライラさせられる。しかしここで怒鳴っても何も解決しない、コツは向こうの言葉を根気よく待つことだ。こんなコツ、習得したくなかったが……。
「あちゃー……ごめんねー、すぐ出て行くからー」
「お願いします」
盥から出てぐいっと背伸びをした時には、先程までの不定形ではなく完全に細部まで作りこまれた氷像のような、半透明な女性体スライムが出来上がっていた。全て水で出来ているわけではないらしい、実際その髪の毛などは人間のものと変らない質感である。海月の傘をイメージさせるひらひらとした服(?)と帽子(?)は、シースライム族が「海の貴婦人」などという二つ名で呼ばれるのも理解できる。確かに見た目はドレスを着ているように見えた。実際にはそれも体の一部らしいが……。最も、実年齢は知らないがとても貴婦人と呼べるような見た目ではない。人間で言えばようやくハイティーンになったばかりに見えた。
「はいはーいごめんなさいねー」
ニコニコ笑いながら彼女が通る先を、男の兵士達が股間を隠しながら道を開けていく。やがて彼女が脱衣所からも出て行くと、その場にほっとした空気が充満した。
「やっべぇ、冗談ぬきでマジ分かんなかったぜ」
「パネェ……」
「危なかったな……」
「俺は別に見られても良かったがな!! むしろ見てくれ!!」
「いや、それはお前だけだ」
「見た向こうが気持ち悪くなるだろうがボケ」
「あれぇ!?」
「つうかあの軍曹なんで男湯に??」
「なんかとろくさそうだったし、単純に間違えたんじゃね?」
「うは、ありえねえ」
「けど確かにどんくさそうだったなー」
「…………」
本来ならば自分の上官が馬鹿にされていれば怒るのが部下の役目なんだろうが、生憎それらの意見には全く反論できなかったので黙っていた。それに、何でわざわざスライムの弁護なぞせねばならないのか? 絶対にごめんだ、ただでさえ今の部隊に配属されてから胃痛薬とお友達になってしまったというのに……。
溜息をつきながら湯船に浸かると、別の部隊で歩兵をやっている同僚が話しかけてきた。その顔は笑えばいいのか同情すればいいのか分からないと語っている。
「なあ、お前の今いる分隊ってお前以外全員スライムだったか?」
「いや、一応他の種族もいる……」
「人間か?」
「ファンゴノイドだ」
「……………………頑張れ」
笑いを堪えた顔で言われても全く嬉しくなかった。ちなみにファンゴノイドとは茸が人型をしているような魔物(?)で、森林部に生息している大人しい種族だ。光合成の他に落ち葉や動物の死体などを分解して栄養とするため、その後には森を豊かにする腐葉土が排泄物として残される。何故か生きている生物の傍にいるとその疲労を軽減するという謎な特性があるため、衛生兵として配置されていた。スライムよりは百倍ましだが……そもそも会話が出来ないのが欠点だ。
「嗚呼……転属願いはいつ受理されるんだ?」
「ちょ! お前そのチ●コどうなってんの!? それマジで入んのかよ! それどう考えてもチン●としての規格を超えてるだろ!」
「フゥハハハハハハァ! どうだ俺の攻城槌(バタリングラム)!」
「パネェwwwwwww」
「おい
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