極東より愛を込めて

[ジパング地方派遣調査士 帝国陸軍情報部所属 ダルク陸軍少尉 定期報告書]

機密レベルC 軍属以外の閲覧を禁ず……







 私の名前はダルク。家名はない。帝国から遥かに東、この極東の国ジパングに派遣され定点観測所に勤め出してから、今日でちょうど六ヶ月になる。ジパングの魔物は謎が多い、今までずっと神秘のベールに包まれてきたそれらを解き明かす為、帝国の陸軍情報部から派遣された私はこの「ジパング」という、今まで話に聞いた事しかなかった国で職務に励んでいる。
 この国の特殊な政治体系と閉鎖性を鑑み、今のところ派遣されているのは自分一人だ。ゆくゆくは増員すると上司は言っていたが……さて、いつになる事やら。自分が受け入れられたのは、たった一人という条件と、そして私自身の特徴に由来しているのだろう。私は盲目だ、つまりジパングの役人達は「盲いが調査など……建前で来たに違いない」と判断したのである。
 無論、実際は違う。私は確かに生まれてこの方、一切光を感じられない身体だが、その代わりに魔力を感じ取る力を授かっている。この世界の全てには魔力(マナ)が宿っているのだ、それを感じ取れるという事は、世界を感じ取れるという事に等しい。
 そして今日も見張り台に一人立ち、この山ばかりの国の中でも一際険しい「クラマヤマ」と呼ばれる場所を全身で感じ取る。大陸とは全く違う魔物たちが息づくこの島国は、赴任してから驚きの連続だった。そうして今日も、新しく感じ取った魔物の詳細をレポートに書き綴っていく……。

「ちッ……またか」

 思わず小さく舌打ちをする。
 一ヶ月くらい前から、こうして定点観察に出るたびに誰かの――いや、何かの視線を感じるのだ。最初は警戒を帯びた視線だったので恐らく知能のある魔物がこちらを見ているのだろうと気にも留めなかった。やがてそれは興味深げな視線に代わり、今ではあからさまにこちらを窺う気配を匂わせている。しかも不可解な事に、その視線の主は私の魔力感知で全く捉える事が出来ないのだ! 今までこんな事は一度としてなかった、どんなに完璧に隠行した魔物や魔術師でも見つける事が出来たというのに、その視線の主はどれだけ探してみても見つける事はかなわなかった。
 いつだったか向こうに気付いている事を感付かれるのを覚悟して、本格的に探査魔法を使って探してみたのだが、するりと両手からすり抜ける様に逃げられてしまった。完全に気付かれたので、今後はもう来ないかと思えば、何故か前以上の熱心さで観察されるようになって辟易している。全く……一体何なんだ?



■■■



「ああ、そりゃあ鴉天狗に違えねえだ」
「カラステング?」
「ああ、異人さん聞いたことねえだか?」
「初めて聞く魔物だ……」

 食料を買いに下山し、麓の街でその話をした途端、まるで当たり前のように答えが返って来た。彼が言うにはどうやらそのカラステングという魔物は我々で言うところのハーピィ種に近いらしい。だが、目にも止まらぬ速さで空を飛び、ジンツウリキとか呼ばれるこの国の魔法を使いこなすと聞いては、どうも同一視するには危険そうだ。

「異人さん、鴉天狗に見られてるって気付いたんだか? すげえなあ、普通わかんねえべよ」
「…………この通り盲いでね、他の感覚が鋭いんだ」
「ほー」

 少し話し過ぎたか、現地の人間には魔力視は隠さねばならない。私は魔力視のおかげで本来必要のない杖を突きながら、やや足早に帰路を急いだ。

「――っ」

 来た、この感覚、あの何かが――いや、カラステングとか呼ばれる魔物がこちらを見ている。だがここは街の中だ、この距離だと明らかに街の中に佇んでいるはず、何故騒がれない? いや、恐らく話に聞いたジンツウリキとかいう魔法だろう、それで姿を隠しているに違いない。もしそうならば自分が見つけられなかったのも頷ける、全く未知の魔法体系なのだ。

(そろそろ癪に障ってきたな……)

 実害は無いが、じっと見られるというのは意外にストレスが溜まる。この際痛い目を見てもらって退散願おう。

「小さき精霊 スプライト 汝の力もて 我が身を虚空へ隠したまい……《不可視》」

 小声で素早く魔法を唱える。インビジビリティで姿を消し、すっと路地裏に入って気配を消す。視線の相手が慌てる様子が感じ取れる、今までずっとこちらから探るだけで隠れる事はしなかったのだ。恐らく隠行は出来ないと高を括っていたのだろうが……この程度が出来なければ魔物の調査など出来ない。気配遮断と隠行魔術(マジック・コンシールメント)は私の十八番だ、しかもこれほど人の気配(マナ)が飛び交っている場所だ、それらの一つに自らを紛れさすなど造作もない。
 明らかに相手は隠行の魔法が乱れて、パタパタと走る音がこちらに近づいてくる。よし…
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