その船は河口近くの岩陰に停泊していた。
どうやら望んだ停泊ではなかったらしい。そのことはすぐにわかる。なにせ船の甲板では、突然の侵入者を用心棒たちが取り囲んで大騒ぎが起こっているのだ。彼らと戦っているのは二人、体格のいい戦士と、女の魔法使い。
そして船内、入り組んだ細い通路に、騒ぎを避けるようにしてさらに二人の侵入者が歩いている。
「レラフさんたち、大丈夫かな」
二人のうちの一方が、気がかりそうに背後を振り返った。もう一方が歩きながら肩を竦める。
「リーダーと姐さんなら大丈夫だろ。それより心配しなきゃいけないのはこっちだぜ」
「主力のヤコが上だもんな」
「そうそう。ここの用心棒がまだ残ってると面倒だ」
「まあ通路が狭いから囲まれる心配はないと思うけど……」
彼らは冒険者である。普段は主に遺跡潜りをしているが、依頼があれば今のように、同じ人間を相手にした依頼を引き受けることもある。今回彼らが請け負ったのは、この辺りを根城にする人買いのグループの情報を掴むことだった。
彼らは首尾よく、敵が“商品”の輸送に使っている船を突き止めた。さて襲撃をかけるのはいいが、親玉に逃げられてしまっては意味がない(どうせグループのリーダーが自分から正面に出てきたりはしないだろう)。それに、場合によってはもっと悪い事態だって想定できた。そういうわけで彼らは、メンバーのうちの二人が暴れて敵を引きつけ、その隙に残りの二人が親玉を押さえるという作戦を立てたのだった。
「っと、ジェイス」
二人のうちの一方、レットが立ち止まり、剣を持った指で行く手を指し示す。呼ばれたジェイスが顔を向けた先、通路の半ばに一つの扉。位置関係からして、あれが目的の部屋だろう。二人は扉の前に張りついた。レットがそっとノブを捻るが、それは途中までしか回らなかった。鍵開けをしている暇はない。
互いに目配せをひとつ。一呼吸おいて、彼らは扉を蹴り破った。
「……!」
案の定、そこは人買いたちの親玉の部屋だった。狭い船室の中、部屋の主は奥のソファに悠々と腰掛けて彼らを待ち構えている。
その右手に、一本のナイフ。
刃先は傍らに立たせた子どもの首筋に当てられている。“もっと悪い事態”、──奴隷を人質に取られるケースだ。こうならないために、本当ならば奴隷たちの部屋を先に押さえたかった。だが、どうやら相手は彼らよりも判断が早かったらしい。レットが顔を険しくして親玉の男を睨む。
「その子を放せ」
「放しますよ。大切な商品だ、私だって傷つけたいわけじゃない」
「よく言うぜ。お前の顧客のことも調べたぞ。随分な……」
言いかけたジェイスは、人質になっている子どもにちらりと目をやって言葉を切った。子どもが耳に入ってどう思うかを気遣ったのだ。そんなことは意に介さず、男は肩を竦めてみせる。
「私の仕事はお客様方にこの子たちをお売りするまでですよ。その先のことは関知しません」
「この……」
「ですがまあ、ここは諦めるとしましょうか。命あっての物種ですからね」
さあ、通してもらえますか? 男の言葉に、ジェイスは舌打ちした。レットを振り返る。彼が頷きを返すと、二人は揃って入り口の前を開けた。
男が満足そうに立ち上がる。
「ありがとうございます。……さあ、行こうか」
そう言って、彼は首筋に刃を当てられたままの子どもを促した。背中を押された子どもがつんのめるようにして歩き出す。
敢えて神経を逆撫でするような笑みを口元に浮かべたまま、男が二人の前を悠々と通り過ぎようとした、そのとき、
「おっ、と」
わざとらしい声と共に、ジェイスが持っていた短剣を取り落とした。
男の目が落下していく短剣の軌跡を追う。次の瞬間、生じた隙を逃さずレットが男のナイフの刃を掴んだ。同時にジェイスが人質をもぎ取るように男から引き離す。蹴り払われて転がったジェイスの短剣が動きを止めたときには、男は既にレットによって床に組み伏せられていた。
ジェイスはレットを振り返った。男のナイフで切ったらしい手からは血が滴っているが、他には怪我はなさそうだ。そのことを確認してから、彼は抱き寄せていた子どもの方へ向き直った。小さな両肩に手を置いて支える。
その顔を覗き込んで、ジェイスは言った。
「悪かったな、怖い思いさせて。……怪我ないか?」
◯
夕暮れ時。ミッシェンの町へと続く街道を、四人の冒険者が歩いていた。
ミッシェンから伸びる街道は二本ある。近隣の都市に繋がる東側の街道は、行商人や旅人たちの往来が盛んだ。そしてもう一方、北西へと伸びた街道の方はというと、こちらの一番の通行人はミッシェンを活動の拠点とする冒険者なのだった。川沿いに敷かれた街道の先には、大規模な古代遺跡群が存在す
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