それからしばらくの間、ハダリーはレットと共に冒険者として活動を続けた。
未だ不調の直らないハダリーを気遣ってか、レットはなるべく戦闘の起こりにくそうな依頼を選んでいるようだった。その甲斐あって、これまでのところハダリーはその活動に支障を来さずに済んでいる。……表面上は。
実際には、依然として彼女の中で魔力の不足は進行していた。消費量に対して供給量が追いつかないのだから当然だ。現在はまだ問題なく動けているが、これが完全に尽きてしまったら……
◯
「本当にありがとうございました。あの、これ、約束の報酬になります」
そう言って、依頼者の女は持参していた銀貨の袋を差し出した。レットが進み出て受け取る。
今度の依頼はこの女性の護衛だった。レットたちに依頼が回ってきたのは、人数が少なくて報酬が安く済むこと、そしてなによりパーティにハダリーという女性がいたことが大きいだろう。“命を狙われている”という依頼者の話に疑問を持ったレットが方々に当たり、それが彼女の思い込みだと突き止めたために依頼としては途中で終わったものの、結果として依頼者は彼らの働きに満足してくれたらしい。それは報酬の額に現れている。
「こちらこそありがとう。またなにかあればどうぞ……って言っても、貴女にとっちゃなにもない方がいいだろうけど」
そう言うレットに笑いで答え、もう一度頭を下げてから、依頼者は店を出ていった。依頼は昼のうちに終わり、彼女は今回は報酬を渡しに来ただけだ。ここは堅気の人間が長居する場所ではないとレットは言う。
依頼者を見送った彼は、銀貨袋を掴んでハダリーを振り返った。報酬は最初に予定されていた額には届かないものの、それでも日数から考えたら随分と多く支払われている。これでまたしばらくは日銭に頭を悩ませなくていいだろう。
「ハダリーもお疲れ様。金も入ったことだし、今日はどっか食べに行くか」
「はい、かしこまりました」
「俺はここのマスターとちょっと話があるから、先に部屋に戻っといてくれ」
「かしこまりました」
両手を身体の前に重ねて腰を折る。レットに向かって頭を下げてから、ハダリーは階段を二階の客室へ向かって上っていった。
彼女とパーティを組むようになって、レットはいつも二人部屋を取っている。扉を開けて中へ入り、手前のベッドがレットのもの、ハダリーのは衝立を回った奥だ。ハダリーはその手前側のベッドを前に膝を折り──そして、深く息をついた。
「ふ……っ」
自分の腰を抱くように腕を引き寄せる。僅かに眉を寄せたその表情は、人が見れば憂いを帯びて見えるだろうか。
この依頼が始まってからずっとだった。主人が依頼人の女に視線を向けるたびに、彼女の意識の中で経路が実行されて感情が動く。胸を走る微かな痛みを抑え込んで、ハダリーはずっと護衛を遂行していたのだった。おそらくは誰にも気づかれていないはずだ。なにしろ(女性ということもあるだろうが)依頼者など時にレットよりも彼女の方を頼りにしていたくらいだから。
しかしそれも魔力が足りていたときのこと。枯渇が進んでいくのに従って、ハダリーが表面を取り繕うことは次第に難しくなっていた。意図しないプログラムが動いている。自分の思考が──感情が制御できない。
「ぁ……」
背後で扉がノックされた。レットの声が「入るぞ、ハダリー」と告げ、一呼吸置いてノブが回る。ハダリーは慌ててベッドに腕をついた。立って出迎えないといけない。
扉が開く。部屋に入ってきた彼は、床の上に蹲ったハダリーに目を見開いた。レットを見上げて絞り出したハダリーの声は、彼女自身のものではないかのように掠れ、上擦っていた。
「レット……様」
「レット……様」
床の上に蹲ったハダリーに、レットは目を見開いた。
彼女の様子は明らかに普通ではなかった。頬が上気し、呼吸が浅い。まるで熱でもあるようだ。そしてなにより、瞳が──普段は深い紫に澄んだ瞳が、今はどろりとピンク色に濁っている。濁った瞳で彼を見上げるハダリーの表情を見て、レットは思わずごくりと喉を鳴らした。
これまでレットはこの新しい仲間に、色気というようなものを感じたことはなかった。人形の彼女は綺麗でこそあったが、今の、こんな男の本能に訴えかけるような美しさは持っていなかったはずだった。桃色に染まった頬は人間の女よりも女らしい。頭に浮かんだ考えを、……しかしすぐに頭から追い出し、彼女の傍に屈み込む。
「大丈夫か。例の、魔力不足ってやつか」
「そのようです。……申し訳ありません、このような」
「謝るな。気づいてやれなかった俺が悪い。なにか俺にできることはあるか?」
「──を……いえ……」
なにかを言いかけて、ハダリーはそれを言葉にする前に口を噤ん
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