古代遺跡に潜る冒険者にとって、警戒しなければならない危険はいくつかある。
まず、魔物──これはもちろん最重要の警戒対象だ。特に都市などの人の生活圏から遠い遺跡では、実は男の冒険者の最期は負傷による死亡よりも魔物娘の手による行方不明の方が多い。とはいえ、(一般には知られていないことだが)彼女たちは少なくとも人間を傷つけることはしない。
他に挙げられるものとしては、魔王の魔力に感化されない普通の獣、そしてなにより罠(トラップ)がある。遺跡から主人が姿を消した後も稼働し続ける一部の罠は、現在でもアンデッドのように忠実に侵入者の排除を遂行している。……むしろアンデッドはそれほど忠実ではないかもしれないが。
「クソッ……」
壁に背中を預けて、レットは低く呻いた。押さえた右の手首は血が滲み、指を伝って地面に滴っている。
油断していたつもりはなかった。単純に純粋に、罠の隠蔽精度がレットの探知技術を超えていたのだ。扉の取っ手に仕掛けられていた派手な針は、数分前に不用意にそれを回したレットの右手を差し貫いた。利き手をやられたのは文字通り死ぬほど痛い。しかも、
「うー……ん、ハズレか」
周囲を見回して言う。罠の先にはお宝があるのがセオリーだ。だというのに、この場所にはそういったものはほとんど期待できそうもなかった。途中でルート選びをミスったか。彼が転がり込んだこの部屋は、どうやら昔は研究施設かなにかだったものらしい。部屋のあちこちに遺されているのは研究文書がほとんどで、あまり貴重なものはなさそうだ。この時代の資料もツテがあれば捌けないことはないが、やはり魔法のアイテムや宝飾品なんかと比べたら価値は数段落ちる。……だが、文句を言っていても始まらない。レットは傷を乱暴に縛って立ち上がった。
資料みたいな古い文献のなにが厄介といって、一番は素人が一見しただけでは価値の検討がつけられないということだ。仕方ない、雰囲気で選んで手当たり次第に貰っていくか……。そう思い、行動に移し始めたところで、
「おっ?」
彼は、更に奥へと続く扉を発見した。
扉の感じからして向こうもまた部屋、それも小部屋だろう。こんな部屋の中の扉に罠を仕掛けるとは思えないが、それでもさっきのこともあり、レットは慎重に扉を調べた。取っ手にそっと右手をかけ、傷の痛みに顔を顰めながらゆっくりと回す。
……開かない。鍵が掛かっている。
「……」
彼が部屋の隅から鍵を見つけ、扉の奥に進んだのは、それから少し時間が経過したのちのことだった。
「お、おおー……」
扉を薄く開いて、レットは曖昧な感動の声を上げた。
向こうの部屋からは淡い青色の光が漏れ出ていた。顔だけ出して中の様子を覗き込む。散らかり放題だった前室とは違って、奥の部屋にはほとんど物が置かれていない。あるのは一定距離を離して二つ、腰かけほどの高さの歪んだ長方形の箱だけだ。箱というか、これは……
「……棺、か?」
壁や床と同じ石の棺。そして、光はどうやらその棺みたいなものの一方から漏れているようだった。上面が硝子のように透き通った材質でできているらしい。もう一方は空だ。近寄っていって中を覗き込み、レットははっと息を呑んだ。
“棺”の中に横たわっていたのは、一人の裸の女だった。一糸纏わぬ肌は白磁のようにつややかで、すらりと伸びた脚の付け根は子供のように無毛だ。形よく膨らんだ胸元で細い指が組み合わせられている。目を閉じていてもその整った顔立ちは疑いない。肌と同じ抜けるように白い髪が、棺の底に満ちる青く光る液体に漂っていた。
(ホムンクルス……いや……)
最初の衝撃とその姿に目を奪われていた瞬間が過ぎると、レットはすぐに彼女の身体を観察し始めた。よく見ると彼女の関節の部分は継ぎ目のようにパーツに分かれ、隙間から時計の駆動部(ムーブメント)のような歯車が見えている。……とすると、これは。
(自動人形、か)
オートマトン。遥か古代に作られた、精密な絡繰と極めて高度な魔術で動くゴーレムの一種だ。といってもレットにこれまで見た経験があるわけではない。仲間の冒険者や拠点にしている町の人間でも実際に見たことがあるのは一握りだろう。そのぐらいには珍しい存在なのだった。
冷静になったレットの頭に初めに浮かんだのは、「これは値打ち物だ」ということだった。遺物を前に値踏みを始めるのは彼ら冒険者にとっては自然なことだ。見たところ非稼働で瑕もない。だが──すぐに、売ったこの人形がその後どう扱われるのかに思考が及んだ。極めて精巧な女性型の人形。作製の意図は知るべくもないが、それでも容易に想像できることはある。機械とはいえ人の形をしているものを、あまり酷い目に遭わせたくはない。
というか、そもそも。
(これ
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