【ダイヤの間】
三番目となるダイヤの扉。
その先にあったのは、何もない小さな部屋だった。
いや、何もないというのは語弊がある。部屋の中央に丸テーブルと、それを囲む四つの椅子。そして、テーブルの上に未開封のトランプデッキがひとつ。だが、それだけだ。他にあるのはクリーム色の壁と床、そして天井。対戦相手もいない。
ギャリーはテーブルに近づき、トランプデッキに手を伸ばす。
次の瞬間、トランプデッキが煌めく光と共に勢いよく弾けた。
「ばぁーーーー!!」
明らかにデッキの体積を無視し、噴水のごとく舞い上がる大量のトランプ。その札嵐の中から、一人の少女が逆さまになって出現する。
「ビックリした? ビックリした!? あたしダイヤ! 勝負師四枚札の一人、奇天烈夢幻のダイヤ!」
逆さまのまま宙に浮き、ケラケラという甲高い笑い声と共に、物理的に光弾ける笑顔を振りまく少女。だが彼女はギャリーの無表情が気に入らなかったらしい。突如ムッとした顔になり、身体の各部位をバラバラに、まるでモンタージュが切り替わるかのように回転させ、上下正しい体勢に戻る。
「あなた、全然驚かないね。こっちがビックリだよ」
「いや、今日二番くらいには驚いている。一番驚いたのは、鏡の空間に飛ばされた瞬間だからな」
少女は訝しげな目で、ギャリーの顔を無遠慮にジロジロ観察する。今まで闘った二人と比べ、明らかに小柄だ。歳も、10かそこらにしか見えない。フワフワとした豊かな髪を二つ結びにして、それぞれのテールの先端ではサイコロパフとしか表現できないホワホワとした淡く光る謎の立方体が、明らかに重力を無視して踊っていた。
「まあいいや。ギャリーさんだよね? ここに来るまでに、四枚札の二人を倒したって聞いてるよ。なかなか実力者みたいだけど、アタシはそんな簡単に負ける気ないから、よろしくね」
すっと手を出し、握手を求めてくるダイヤ。その手を取ろうとした瞬間、床が抜けて浮遊感と共に身体が自由落下を始める。
「あ!?」
反射的にダイヤに向け手を伸ばすが、その手を掴んだと思った瞬間、ダイヤは破裂音と共に消えてしまった。
床の下には青空が広がっており、雲をつき抜け真っ逆さまに落ちていく。
爆竹の爆ぜるような音が、螺旋を描きながら追いかけてくる。
「あははははははははは!! 驚いた、驚いた! 今度こそ驚いた! アッて声をあげたもん! 驚き屋さん! ギャリーちゃんの驚き屋さん!」
響くダイヤの高笑い。グルンと世界の色が反転し、空が黄色に、赤に、緑に。そして痙攣と共に世界が瞬き気が付けば静かな森の中。
鳥の鳴き声や木々のざわめきといった穏やかな自然音の中、ギャリーは最初の部屋にあった四人がけの丸テーブルに腰を下ろしていた。
「ギャリーちゃん、テーブルに腰掛けちゃダメ! お行儀よく、ちゃんと椅子に座りなさい!」
ポカンとしていたところを背後から突然一喝され、慌てて立ち上がり椅子に移る。
向かいの席には、優雅に紅茶を嗜むダイヤの姿。
ギャリーの口から、ついつい感嘆の声が漏れる。
「いや、正直驚いた。流石にこれは今日一番かもしれない」
ダイヤは機嫌良さげににまーっと笑い、「でしょー」と足をパタパタと動かした。つま先がギャリーの膝小僧を何度も蹴り上げる。
「結局、これは幻術か何かか? 俺は、最初の部屋から移動していなかったりするのかな?」
ギャリーはダイヤの蹴りを避けるようにポジションを変えつつ問いかける。だが、そう聞きながらも頬を撫でる風が錯覚の産物とはとても信じられなかった。
「うーん、よくわかんない。アタシって、現実とか幻とか、あんまり関係ないから」
逃げるギャリーの膝を追いかけるようにして蹴りを食らわせ続けるダイヤは、そう言って自分のティーカップの縁を爪で弾いた。
キンッという高い音と共に、テーブルの上にお茶会のセットが現れる。紅茶が適量注がれたカップが三つ、香り立つ湯気を上げていた。
「こりゃ凄いな」
ギャリーはポーカーフェイスの下でいたく感心し、その湯気を鼻からいっぱいに吸い込んだ。香り立つのはアールグレイだ。
「どーぞどーぞ召し上がれ。それはギャリーちゃんの分!」
そう言われて、思わずカップを口元に運び……唇が触れるより先に脳が臨戦態勢に切り替わった。
「おい待て。これが俺の分ということは、あとの二杯は誰の分だ?」
「当然、他の参加者の分だよ」
「他の参加者? ゲームは俺とお前達トランパート、一対一でやるものじゃないのか?」
「うん! だから、数合わせはちゃんと頭スカスカのを選ばなきゃ」
そう言って、ダイヤはテーブルの上に視線を泳がせる。
「あ、見てこのポット。花柄だから、きっと女の人だよ。あと、今は昼だから、キャンドルはいらないね。この二つはいつも一緒だ
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