第二話: 進め! 小さなおのぼりさん!?

「揃いも揃って何をやっているのだ! 役立たず共が!」
 街で最も高いビル、その最上階に構えたオフィスで、一人のデーモンが激昂した。
 彼女こそがこの街の影の支配者。魔物マフィアのボス。何人もの部下を率い、街の流通、不動産、政治さえも牛耳る、闇の支配人。
 『火龍軒』から這う様に逃げ帰ってきたアルプであったが、アジトに戻った彼女を待ち受けていたのは、自らの上司からの激しい叱咤だった。
「ご、ごめんなさぁい。でもね、ボス、しようがなかったのよ。あいつら、その、用心棒を雇ってて……」
「用心棒だと!?」
 怒気を増したデーモンの様子に、アルプは筋肉の鎧を萎縮させる。
「貴様……普段はカラテマスターなどと名乗っておきながら、用心棒一人倒せんとは、どうやら本当に私の見込み違いだったようだな……」
「そ、それは違うワ! そいつ、めちゃくちゃに強くて……、そう! 拳法を使うのよ! なんていったかしら、確か大竹拳とか……」
「何!? 大竹拳!?」
 デーモンが、かっと目を見開き立ち上がる。
「……となるとレンシュンマオ老師の手の者か。まったく、忌々しい……!」
 ぶつぶつと独り言のように呟きながら、デーモンはアルプに背を向け、窓からネオンに彩られた夜の街を見下ろす。
 アルプは深い事情はわからなかったが、窓ガラスに映るデーモンの憎らしげな表情から、何か深い因縁のようなものを予感した。
「それで、貴様はどうするつもりだ? まさか、用心棒に敵わないなどという下らない理由で、この私の命令に背くわけではあるまいな?」
 突然向けられた刃物のように鋭い問いに、アルプはぎくりと身を竦ませた。
「え、えぇ、勿論よ。そうね、こちらも強力な助っ人を雇うのがいいわ。私の知り合いに、強力な蟷螂拳の使い手がいるの。彼女に依頼して……」
「そいつは、確実に、厄介なカンフーガールを倒せるのか?」
「そ、それはぁ……」
 具体的な問いに言い淀む。自分が拳を交えたから分かるのだ。あの赤髪の少女は、半端な強さではない。並みの格闘家では、返り討ちは必至だ。
 返す言葉が思いつかない中、沈黙を破ったのは、デーモンの一言だった。
「凶爪を使え」
「は、凶爪!?」
 思いもよらぬ提案に、アルプは素っ頓狂な声を上げた。
「ああ。お前の話を信じるならば、相手は相当な使い手。並みの格闘家では敵うまい」
「いやいや、何言ってるのォ!? 凶爪っていったら、裏世界最強の殺し屋じゃなぁい! しかも常軌を逸した守銭奴! 依頼料だけでいくらかかるか分からないわぁ! そんな価値が、あの寂れた飯屋にあるようにはとても……」
 ドン、とデーモンがデスクに拳を振り下ろし、アルプの言葉を遮る。
 そして、ドスの効いた声で半分脅すように言った。
「貴様はいつから私に意見するようになった? もう一度命令だ。凶爪を呼べ。確実に、あの店を確保する。用心棒は好きにして構わぬが、店主は殺すなよ」
 アルプは、その只ならぬ殺気に黙って頷き、逃げるように退室した。

 ☆

「おはようございます! 店長!」
 地上げ屋襲撃の翌朝。リュウが店の片付けをしていると、外に繋がる扉からリンが元気よく入ってきた。
「あれ? リン、どこか行ってたの?」
「はい! 日課の走り込みに! 何か、お手伝いできることはありますか!?」
「あはは、ありがとう。……でも、店がこれだからね」
「あ……」
 そう、昨日のリンとアルプの格闘戦の影響で、店の床の一部が破壊されてしまっているのだ。勿論、破壊したのはアルプであり、リンのせいではないが。
「……ごめんなさい」
「なんでリンが謝るのさ! リンは、この店を守るために戦ってくれたんじゃないか!」
「で、でも……」
「リンが戦ってくれなかったら、きっとこの店は建物ごと破壊されていたよ。だから、本当に感謝してるんだ!」
 俯いたリンの体から、チリチリと細い煙が立ち上り始める。リュウは最初、何事かと驚いたが、俯いたリンの頬が真っ赤になっているのを見て、照れているのだと気がついた。
「リン、もしかして褒められるのってあんまり慣れてない?」
「な、なにをおっしゃるのですか!?」
 リンは細い尻尾をピンと伸ばして驚くが、すぐに目線を逸らして、口を尖らせる。
「……お師匠は、とても厳しい方ですので」
「そうなんだ? でも、俺たちにとってリンはヒーローなんだ。いや、ヒロインかな? とにかく、それだけは忘れないでくれ」
 リンは、戸惑いつつも一言、「ありがとうございます」とだけ返した。
 そして、リュウにちらりと視線をやり、口元に手を当てはにかむ様に言った。
「店長って、優しい方なんですね」
「え!? いや、別にそんなことないと思うけど……?」
「そんなことはないですよ。昨日、私の頬の火傷を心配してくれたでしょう? すごく
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