すぐ近くに、開けた空間を見つけた。
適当に枯木を集めて山を作ったところをヘルハウンドがひと吹きすると、一瞬にして焚火が出来上がった。
暖かい。やはり火は偉大である。
私は商品として持ち歩いていた保存用の黒パンを軽く火であぶり、二人に振舞った。
もともとは格安で譲るという約束であったが、どうやら助けてもらったようであったし、とても金をとる気分にはなれなかった。
男は何としても金を払うと譲らなかったが、私は金はいいから二人の話をもっと聞かせてくれと頼んだ。
「僕たち二人の……話?」
「ああ、さっき話してくれた温泉宿の話、大変面白かった。よければ他にもいろいろ聞かせてほしいんだ。なんといっても人に育てられた魔物と、人間の夫婦だ。馴れ初めとか、育ての親との話とか……いろいろと他で聞けない話があるんじゃないかい?」
「そうだなぁ……」
男はパンをちぎりながら、ちらりとヘルハウンドを見る。彼女はもう夕飯を終えたらしく、焚火の隣で丸くなり、うつらうつらしている。いじらしいことに、その尻尾は男のすねにくるりと巻き付いていた。
「僕たちを育ててくれた孤児院は教会に併設されたものでね。僕たちの父さん……育ての親は神父だった」
「神父!!」男の話は語り出しから驚愕を余儀なくされるものだった。「教団の人間が魔物を育てたのか!?」
男は私の反応が予想通りであったことが嬉しかったのだろうか。絶やさぬ笑顔をさらににっこりと歪めた。
「ああ、確かに父さんは教団よりの人間だった。でも大変寛大で理性的で、自分の理解できないものを理解しようと努力する人だった。」
男は続けた。
男とヘルハウンドが拾われたのは、教会裏手の墓地だったという。
ある年の冬、早朝に神父が掃除のため外に出ると、墓地の方から赤ん坊の泣き声がする。
神父が慌てて墓地に向かうと、二人の男女の赤ん坊が小さな籠に入れて捨てられていたという。
よくよく見てみれば女の子の方は人間ではなく、犬の魔物、ヘルハウンドであった。
その証拠に、人間ではありえないほど体温が高かったという。
男の子の方は人間であったが、冬の夜を乗り切れたのはヘルハウンドの赤ん坊に暖められたおかげだと考えた神父は、人間の子もヘルハウンドの子も、平等に愛し育てることに決めたという。
「これが僕らの馴れ初めだね」
男がにこやかに笑う。そして、また一切れ、パンを口に入れる。
「僕たちが結婚すると告げた時、父さんは少しだけ悲しそうな顔をして言ったよ。『もしお前たちが夫婦となるならば、それは教団の敵になるということだ』ってね。だから僕たちに、教団の手の届かない安全な土地に逃げるようにいったのさ。そこで静かに平和に暮らせってね」
夫婦となれば、二人はいずれ子をなす。魔物と人間の間に生まれる子供は常に魔物だ。魔物が勢力を増すことを、教団側の人間としてみすみす見逃すことはできないのだろう。なにより、そうなれば彼らを教団の手から庇いだてすることはできくなる。
「……いい人だな」
「ああ、本当に。旅立つ時も、新婚旅行のつもりで行ってくるようにって見送ってくれたよ」
「そうだったのか……。ハネムーンの邪魔をして悪かったな」
冗談めかして言うと、男は声を出して笑った。
「まさか、こんな話ができる相手に出会えるとは思わなかったよ」
私もつられて、頬が緩む。焚火の日が少し小さくなったような気がしたので、手近な枯れ枝を火にくべた。
「でも、ほんとに彼女は大丈夫なのかい? 北の火山地帯は豪雪地域だろう?」
火山といえど、ヘルハウンドには厳しい環境なのではないか。私はずっと疑問に思っていたことを彼に尋ねた。
「それについては、別段問題ないんじゃないかな? 確かにヘルハウンドは火山に生息してる魔物だけど、墓地や魔界で暮らすものもいるし……うちのなんて、雪が見れると聞いて大はしゃぎだったよ」
「本当に?」
「ああ、そもそもこいつはあまり暑いのが得意じゃないんだ。犬なのに猫舌だし、夏バテはするし……昔、一度だけ孤児院に雪が降ったときなんてそれはもう――熱ィ!!」
男が悲鳴と共に、足を上げる。見ると、すねの辺りが赤くなっている。男の足元で、赤熱したヘルハウンドの尻尾が左右に振れた。
「なんだ、まだ起きてたのか……」
男はひいひい言いながら自分の足をさすっている。
私はふと気が付いたように空を見る。鬱蒼とした木々に切り取られた夜空に月は見えないが、星の位置で随分と夜が更けてきていることがわかる。
「明日も早いし、そろそろ寝よう。交代で見張りに立たないとな」
その後、見張りの順番を決めて、私たちは順番に眠りについた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4]
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録