野生児とソルジャービートルの話

 これは、商人である私が大陸南東部のジャングルを訪れた時の話。
 当時、私はこの大陸最大の大密林に、新たな商売の可能性を見出していた。
 最初は、多くの探検家と同じくジャングルの奥地に眠るという古代の黄金文明への興味だった。
 だがしかし、実際に現地に訪れたことでそこに息づく大自然の持つ価値に気がつき、原住民や魔物達との交易に着手したのだ。
 現在のジャングル交易は南部の商人ギルドの管轄であるが、彼らがしゃしゃり出てくるまでは私も随分稼がせて貰ったものだ。
 そしてその過程で、私は様々な常ならざる経験を積むことになったのだ。
 ……「彼」と出会ったのも、その経験の一つだ。

 ☆

 母なる大河の豊かな水と栄養に育まれた密林の植物群は、他に類を見ない程多様な生態系を内包しており、旧魔王時代より文明の侵入を阻み続けている。
 そこは大自然の領域であり、人間の浅知恵など役には立たない。ここでは大地の法に従う必要がある。
 私は、巨大な垂幕のようなシダの葉を掻き分け、巨岩と見紛うような木の根の上によじ登った。
 天を衝くような巨木の幹を見上げると、そこに何かで引っ掻かれたようなな十字の切り込みを見つけることができた。
 これこそ、私の探していたものだ。
 私は懐から木の実を加工した小さな笛を取り出し、それをおもいきり吹いた。

 ボーーーーーゥ……という太い音が森の木々に反響する。
 私は少し立ち止まって耳を澄ませた後、また歩き出した。
 先ほど見つけた十字の切れ込みは、アマゾネスの縄張りを示すものだ。定期的に笛を吹いて敵意のないことを示さねば、麻痺毒の塗り込まれた矢じりが私の頬を掠めることになる。

 私は巨大な植物群を掻き分けながら、もう一度笛を吹いた。
 すると、今度は反響に紛れ、別の笛の音が響いた。私の笛より、少しだけ高い音色。
 私は足を止め、それに応えるようにもう一度笛を吹く。
 すると、周囲の植物の陰から弓を構えた女性が現れた。
 一人だけではない。ぐるりと周囲を見渡せば、私は既に10人近いアマゾネスに取り囲まれていた。
 一際目立つ鮮やかな羽飾りをつけたアマゾネスが進みでてくる。
「暫くだな、商人殿」
 私は森の作法に倣い、胸の前で片手を握り、目を伏せる。
「お久しぶりです。祝祭の儀で入り用かと思い伺いました」
「長への貢物は?」
「こちらに」
 私は、背嚢から小さな皮袋を取り出す。
 アマゾネスはそれを受け取り中身を確認すると、片手を挙げて周囲のアマゾネスに合図を送る。
 私に向けられていた無数の矢じりが、下ろされる。
 羽飾りのアマゾネスは私に皮袋を返すと、先程私がしたように胸の前で片手を握り目を伏せる。
「無礼な振る舞い、大変失礼した。長の元へ案内しよう」
 私は、総勢10名のアマゾネスに守られるようにして、ジャングルの奥へと進んでいった。

 ☆

 密林の中を縫うように歩き、私はアマゾネスの集落へと通された。
 アマゾネスはジャングル内にいくつかの拠点を持っており、時期によって集落の場所を移す。これは狩りにおいて高い成功率を誇る彼女らが、周囲の獲物を狩りつくさないための工夫である。
 このときは、丁度ジャングル中央を流れる大河の畔、古代遺跡からほど近い高木の群生地の、その樹上。巨大なツリーハウスの集合体こそが、彼女らの集落であった。
 木で組まれた足場の上で、水瓶やら果物やらを抱えた男衆が忙しなく動き回っている。おそらくアマゾネスの夫達だろう。
 アマゾネスの部族では、女が狩りをして、男が家事をする。大変興味深いことに、一般的な人間の狩猟民族とは男女の立場が逆転しているのだ。だが、だからと言って男たちが脆弱な肉体を持つ訳ではない。少なくとも、私がこの部族内で見た男衆たちは皆筋肉隆々で、私など片手で捻りあげられてしまうようであった。

 そんな男衆達の脇を通り抜け、私は部族の長の部屋へと案内された。
 案内役のアマゾネスが扉を叩くと、中から「入れ」と声がした。
 部屋の中には独特な香りの香が炊かれており、私は反射的に顔を歪ませた。
「暫くだな。待ちわびたぞ、商人殿」
 その香りの奥で、一際豪華な装飾に身を包んだ美しいアマゾネスが、金銀財宝、食べ物、酒、あらゆる贅沢品に囲まれるようにして腰を下ろしていた。この部族の長である。彼女の周囲に控える四人の男衆は皆彼女の夫であり、外で見た男衆よりもなお逞しい体つきをしていた。
「こちらを献上に上がりました」
 私はすかさず片膝をつき、胸の前で片手を握り目を伏せるポーズをしながら、布袋を床に置いた。
 男衆の一人が立ち上がり、袋を回収し、中身を確認してから長へと手渡す。
 長が手の上で袋をひっくり返すと、中から小さな真珠がいくつか転がり出た。
 長は、興味深げにそれを明か
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