「お尋ね者のエミール・シェルドンだ! 捕まえろ!」
客席の誰かが叫んだ。
それとほぼ同時に、客席後方の扉が勢いよく開き、楔帷子を纏った男達が会場になだれ込んでくる。統一のとれた動きに、槍と軽装の統一規格の装備。人身売買市場を取り仕切るごろつきどもではない。彼らと、彼らを利用せんとする顧客達を取り締まる、町の衛兵である。
さらにそれらと同じ瞬間、ステージ上にてスポットライトに照らされるエミール少年の足元から、影の蔦が四方に向けて飛び出した。影の蔦は一瞬薄く鋭利な菖蒲の葉のように変形し、捩れしなる様に回転して、少年を捕える鉄の格子を切断する。
突如会場を襲撃した三つの異常事態。
あるものは客席からの叫び声に咄嗟に反応し、それは真かとエミール少年の顔を観察しようする。
あるものは突然後方に現れた衛兵に驚き、顔を隠すように庇いながら、どこか脱出口はないかと会場を闇雲に走り回る。
あるものは檻を切断した影の蔦に生命の危険を感じ、半狂乱になりながら後方の扉を目指す。
彼らは皆人身売買の関係者であり、衛兵にとっては逮捕の対象である。
前門の魔物、後門の衛兵。
進むもの、戻るもの、立ち止まるもの、逃げ出そうとするもの。
混乱する群衆は会場の中心でぶつかり合う。罵倒、懇願、その他諸々の悲鳴が混ざり合い地下空間に反響し、ぐわんぐわんという怪音が響く。
そんな中、エミール少年は先ほど見た人影をしきりに探していた。
仮面の上からだが、確かにメイドのアリーシャに見えた! シェルドン家を告発し、没落へと導いた張本人! 何故、彼女がここにいる!? 彼女は領内の、決して裕福ではない家庭に育った村娘ではなかったのか!? なのに、なぜこの貴族の集会に、美しいドレスを纏ってここにいる!?
「坊ちゃま、お逃げください!!」
ミーファが影から飛び出し、エミール少年の手を引っ張る。。
はっとして目の前を見れば、何人かの貴族がエミール少年を捕えようとステージにかぶりつき、既に足を掛けている者もいる。
仮面から覗く彼らの目には、例外なく確かな敵意、そしてそれ以上の焦りが宿っていた。
影の蔦が伸び、ステージに足を掛けていた男を下の混乱の渦中へと叩き込む。
エミール少年は既に残骸と化した檻を抜け、ステージの裏手へと駆けだした。
そこには哀れな『商品』たちが入れられた檻が並ぶが、見張りのごろつき達の姿がない。既に逃げ出したのだろう。
すれ違いざま、ミーファは影を伸ばして子供たちを捕える檻を切断した。
が、ミーファもエミール少年も、今は他人に気を遣う余裕はない。
二人は振り返りもせず、ただただ雑踏から遠ざかることだけを考え、目の前の闇に向けて疾走した。
☆
エミール少年は、暗く湿った地下道をひたすら走った。
背後からは、常に誰かが自分を追う声がする。
追われているという焦りで頭に血が上り、足を動かす以外のことを考えるという発想が出てこない。思考に靄がかかるが、足の裏の感覚だけは驚くほど鋭敏になっている。
だがそれでも逃げきれない!
自分を呼ぶ声が徐々に大きくなる。そしていよいよ誰かに腕をつかまれた。体勢を崩す。重力の向きが変わり、浮遊感が身体を包む。一秒が何十倍にも間延びする。
「坊ちゃま!」
固い地面の感触を覚悟したエミール少年だが、何者かが彼をふわりと受け止めた。
ミーファである。所謂お姫様だっこの形で彼を抱き上げ、ふわふわと浮遊する。
「追っ手は撒きましたわ」
気が付けば、背後に自分を追う光は無く、罵声も遥か遠くのものが反響し周囲に響くばかり。
背後で自分を呼ぶ声は、すぐ後ろのミーファのものだったのだ。少年はなんだか急に恥ずかしくなり、ミーファに地面に下してくれと頼んだ。
「坊ちゃま、念話符はお持ちですか?」
そう問われて懐を漁ってみるが、どこにも魔導符がない。
「落としたみたい」
少年は青くなって答える。
ミーファが目をつぶり、小さな声で詩を口ずさむ。活性化した魔力により、彼女の身体が微かに紫色の光を帯びはじめたが、すぐに詠唱を止め、首を小さく横に振った。
「やはり、サラは念話の範囲外ですわ。とりあえず、外を目指しましょう。この暗い通路は、ごろつきどもの庭ですもの」
暗い通路を彷徨いながら、エミール少年は念話符を落としてしまったことをひたすらに誤った。だがミーファは特に気にも留めていないようで、「どうせ何かしらで失敗するだろうとは思っておりましたわ」と諦め半分笑い半分で答えた。そして「これであのネズミ女を八つ裂きにする口実が出来ましたわね。合流したらどうしてやりましょうか」と、さも楽しそうに話すのだった。
☆
「ところで」
どれくらい歩いたか、二人の口数も少なくな
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