ラージマウスは、ネズミに似た特徴を多く持つ獣人の一種である。
主に洞窟や廃墟を好んで住処とするが、整備の行き届いていない古い下水など、人間の生活圏のすぐ側に生息することもある。
文明が行き届いた大都市など、人間の絶対優位を保てる環境ならば彼女らを過剰に恐れる必要は無いが、スラムなどの人の力が弱い場所では注意が必要である。
ラージマウスはその体内ため込んだ魔力を、噛みつくことで対象に注入することが出来る。
抵抗力の弱い子供などがこの魔力注入を受けると、発熱の後ラージマウスに姿を変えてしまう。
サラも、そのようにしてラージマウスと化したものの一匹であった。
☆
闇に紛れて路地を駆ける二つの人影。言わずもがな、サラとエミール少年である。二人はボロのローブで頭と顔をすっぽりと覆い、満月が雲間に隠れるタイミングに合わせて通りを渡った。
「ここまでくれば大丈夫です」サラがふうと息をつく。
「あの建物が会場の入り口です」サラが指差す先には、少し古い以外は何の変哲もない一般家屋。本当にあんなところが闇のパーティの会場なのか、甚だ信じがたい。
『本当に大丈夫なんですの?』
既にエミール少年の影に潜り込んだミーファの声が、二人の脳裏に響く。
「大丈夫ですって。姉御も心配性だなぁ」
サラはそういうと、ポケットから何か魔法陣が描かれた札を取り出した。
≪こいつの調子も良好。失敗する要素はいまんところないし、失敗してもリカバリの効く作戦じゃあないですか≫
サラが札に語り掛けると、エミール少年の脳裏に彼女の声が響く。これはミーファが計画に合わせて作成した、通信用の魔導符である。ミーファの念話魔法に比べ通信射程が遥かに長く、さらにこれならば魔法の使えないもの同士でも会話が可能である。長時間連絡の取れない状態に陥る本作戦に置いては、これが作戦成功の鍵となる。
「それじゃ、覚悟できました?」
サラの問いかけに、エミール少年がこくりと頷く。サラがニカっと歯を見せて笑った。
彼女は麻縄を使い、実に鮮やかな手際でエミール少年の両手首を背面で縛る。
ローブの下にはゴミ捨て場から拾ってきたボロきれを一枚体に巻いているだけなので、どう見ても悪党に捕まった家なき子である。
サラは満足そうに頷き、エミール少年にきつくないか確認する。
そして、次に雲が月を隠したとき、二人はいよいよ会場へと向かった。
☆
サラが玄関の扉をリズムよく数度叩くと、中から男の怒号が響いた。
サラは動じる様子もなく、今度は別のリズムで扉を叩く。
すると、扉が開いて中から陰気な顔をした老人が現れた。サラが老人に、何か小さな木彫りの駒のようなものを手渡す。彼は何を言うでもなくサラとエミール少年を家に上げ、薄暗い炊事場に通す。老人が炊事場の床をめくると、その奥に地下へと続く石造りの階段が現れた。
二人が階段に入ると、老人が「そこでしばし待て」とだけ言って、大きな音と共に隠し扉を閉じた。サラが持っていた蝋燭に火を灯し、視界を確保する。暗く、狭く、黴臭い通路だ。石造りの壁は冷たく、何故かしっとりと濡れている。壁も、床も、天井も黒色の石造りで出来ているため、蝋燭の光がどこまで届いていて、何処からが光届かぬ闇なのか、距離感が掴めない。
「驚きました?」サラ曰く、ここも彼女の隠れ家と同じく、古い時代の何らかの地下施設であるとの事だった。
「この町の地下には、こういう古い時代の通路やらが蜘蛛の巣みたいに張り巡らされてるんです。衛兵だってその全容は把握しきれてません。立体的で曲線の多い構造の上、あちこちに埋まった金属や過去の遺物が方位磁石や探索魔法を妨害するから、地図すらまともにつくれない。歩きなれた奴じゃないと、出られなくなりますよ」
そうこう言っているうちに、暗闇の奥から二人の厳つい男が現れた。一応身なりは整えているようだが、姿勢や顔つきに品がなく、一目で堅気でないことがわかる。
「おう、『どぶさらい』じゃねぇか。仕入れは間に合ったのかい」
男の片方が、にやついてサラに語り掛ける。
「ほぉ! こいつは上玉だぜ! 何処から攫ってきたんだ?」
もう一人の男が、エミール少年を見て歓声を上げる。
サラはその問いに答えようとして、声が出ないことに気が付いた。ミーファの掛けた魔法のせいで、嘘が吐けないのだ。
「どうかしたか?」
様子のおかしいサラを見て、ごろつき二人が怪訝そうに尋ねる。
エミール少年の影に潜むミーファが異常に気が付き、即座に魔法を解く。
サラの言葉が、自由になった。
「あ、あぁ、捕まえた場所ね。一応企業秘密なんだけど、まあ裏通りに迷い込んだところを捕まえたんだ。」
サラが、エミール少年の美しい顔を男たちに見せつけるように、その小さな顎をぐいっ
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