ミーファは、魔女となったエミール少年の母親が生み出したファミリアである。
サバトに所属する魔女は、バフォメットからファミリア召喚の術式が込められた折畳式の手鏡を与えられ、これを利用することで一度だけ自分の使い魔『ファミリア』を生み出すことが出来る。
聖騎士団によって地下室に追い詰められ、いよいよ絶対絶命となったエミールの母親は、懐にある召喚用の手鏡のことを思い出した。
彼女には魔女としての素質があったが、今はまだ魔女への変貌の過渡期。ファミリア召喚の魔法は使えない。
部屋の隅に目をやる。そこには、飼い主の危機を救おうと果敢に聖騎士に飛び掛かり、そして斧で真っ二つに引き裂かれた愛猫、ミーファの亡骸。
部屋の中央には、多大な魔力を湛えて淡い光を放つ、豊穣の魔法陣。
そして背後には、恐怖に怯える最愛の息子。
繰り返すようだが、彼女には素質があった。それは、本来完全な魔女しか使えないはずのファミリア召喚の術式を起動するのに十分なものであった。
術の行使に必要な魔力は、魔法陣から補った。
ファミリアの魂の形成には、死んだミーファの魂を利用した。
しかし、ファミリアの肉体を生成するのは、まだ完全な魔女ではない彼女一人の力では難しかった。
なにか、利用できるものはないか。生き物の形をしたものがいい。ミーファの亡骸は使えない。胴がちぎれてしまっている。先程魔法で倒した騎士が一人いるが、まだ息がある。こっちは魂が邪魔だ。魂が無くて、生き物の形をかたどったもの。
彼女は、自分の影を利用した。そんなことをすれば、自分もただでは済まないと分かったうえで。
こうして、影と豊穣と猫のファミリア『ミーファ』が誕生したのである。
☆
ラージマウスの隠れ家は、地下の下水道の奥にあった。
下水道の壁面に開いた小さな穴を潜り抜けた先に、大人一人が寝転べるほどの円形の空間があり、そこに彼女の私物と思われるガラクタが無造作に積み上げられている。円形空間は横よりも縦に広いらしく、灯りが乏しいこともあって天井が見えない。普段はここまで水が来ないのか、床は乾いていて、匂いもそれほどひどくはない。
彼女の話によると、今の下水道が出来る以前からある、古い下水道の一部ではないかとのことだった。
「汚ないところですが、ゆっくりしてってください!」
ラージマウスは先程の悲壮感溢れる姿から立ち直り、調子よさそうに笑顔を浮かべて手を揉んでいる。
「なるほど、『どぶさらい』ねぇ」
ミーファが呟く。『どぶさらい』とは先程ラージマウスの少女が自称していた、同業者から呼ばれているという名前である。
「『ひとさらい』の間違いではないかと思いましたけど、成程納得ですわね」
露骨に棘のある言葉に、ラージマウスの笑顔が若干引きつる。
「ははは、その件はほんとに勘弁してください、姉御!」
「あ、姉御!?」ミーファが素っ頓狂な声を上げる。
「そうです、姉御! そしてボス!」
「ボ、ボス!?」エミールがまさか自分のことかと辺りを見回すが、他に人影はない。どうやらボスとは自分のことらしい。
「ちょっと! ボスはお止めなさい! もっと上品に、坊ちゃまとお呼びなさい!」
魔法で宙にふわふわと浮いたミーファが、地団太を踏むような動作をする。
「ええ! それは無理ですよ!」
「何故!」
「そんな歯の浮くような呼び方、アタイには出来ません。姉御が掛けた魔法のせいじゃないですかね? 本心から言ってないから。呼び方を変えたいなら他にも兄貴とか親分とか……それも嫌なら、名前を教えてください。様付けするんで! まあお二人とも訳ありみたいですし、偽名でいいですよ!」
とあっけらかんと言ってのけるラージマウスに、ミーファが不満そうに黙り込む。当然、本名など教えることはできない。エミール少年は追われる身なのだ。
「あはは、ボスでいいよ」エミール少年がにこやかに笑う。
それに対し、ラージマウスはありがとうございまーすと元気そうに返事をする。
この三人の中では一番年上に見えるラージマウスが、二番目のエミール少年をボス、そして最も幼く見えるミーファを姉御と呼ぶ姿はどうにも奇妙な光景であった。
☆
一息ついて、いよいよ今後の話をすることになった。
「それで、えーと『どぶさらい』さん?」
「ちょっとミーファ、その呼び方は可哀そうだよ」エミールが、ミーファに噛み付いた。
「何かもっといい名前を、僕たちで考えてあげようよ!」
困惑したのは『どぶさらい』ことラージマウスである。
「え、え、名前って」
「確かにあだ名にしても呼び辛いですが、他に何と呼びますの? やっぱり『ひとさらい』でしょうか?」
ミーファがラージマウスの発言を遮って口を出す。
そうだなあ、とエミール少年は暫し逡巡す
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