『シェルドン家、その堕落と淫蕩の闇!』
裏路地の水溜りに捨てられた号外の見出しを見て、一人の少年が肩を落とす。
号外の日付は三日前のものであり、この町の人間にとって、辺境の小貴族であったシェルドン家の失脚は既に周知の事実であった。皆、最初こそ突然の事態に騒ぎ立てたものの、自分の日々の生活に影響がないとみるや否や興味を失い、シェルドン家などという田舎貴族の行く末には最早誰も興味も示さない。
だがそれも当然である。国を挙げて盛大に執り行われる『夏至祭』が、既に一週間後に迫ってきているのだ。この街だけでなく国中がにわかに騒々しく、あちらこちらで祭に向けて町並みの装飾や露店の準備が進んでいる。このような状況で、隣の領地のよく知らない貴族のことなど気にしている余裕などないのである。
そしてそれは、この少年にとって哀しい事実であるが、同時に幸いなことでもあった。
☆
シェルドン家は王国の西の農耕地帯を統治する貴族の家系である。その歴史は古く、魔王の代替わり以前より王の忠臣として仕え、ある戦では先陣を切り竜の首を持ち帰るなど、その武勲は数知れず、何人もの優秀な騎士を排出し、その力は「王国の盾であり剣である」と例えられた。
しかし魔王の座が今の魔王に引き継がれ、また同時に教団が力をつけ始めたことで、シェルドン家の影響力は徐々に衰退を始めた。かつてのような人と魔物の大規模な戦は少なくなり、王宮には策謀と世渡りに長けた貴族がたむろする。剣でしかモノを語れぬシェルドン家は徐々に辺境へと追いやられ、国境の警備という名目の元、王都の遥か西方で領民と共に農地を耕すことになったのだ。
この時、シェルドン家の家長は自ら農具を手に取り、領民達と共に汗を流し、領民達と同じものを食し、彼は領民達から大いに慕われた。そして彼の息子も孫もその姿に倣い、領民と手を取り合って働いた。彼らは紛れもない名君であったが、剣を農具に持ち替えたことで、王国内での威光は完全に過去のものとなった。
ある時、王宮内でとある噂が誠しやかに囁かれるようになった。
『シェルドン家は裏で魔物と繋がっている』
果たして、これは真実であった。密告したのは、シェルドン家に雇われて半年の女中である。
シェルドン領は魔物が多く生息する山岳地帯と隣接している。領主と領民にとって、現在の魔物が人間に無意味に仇為すものではなく、ただの風変わりな(さらには時に好色な)隣人であるというのは周知の事実であり、領民の中には彼らと一定の繋がりを持つ者も少なくなかった。さらに、冷夏の影響による食料不足を危惧した領主が、サバトからの助力を受けていた。その内容は『農作物の生育を促す魔法』という極めて平和的なものであったが、彼らを疎ましく思っている新参貴族達にとって、これ以上のカードは無い。
噂が流れ始めて十日とせずにシェルドンの屋敷に教団聖騎士達が押し入り、地下室にてサバトの魔法陣と魔女への変貌の過程であったシェルドン夫人を発見した。
聖騎士団はシェルドン家長を拘束。その後夫人も拘束しようとするが激しい抵抗にあい、手傷こそ負わせたものの彼女とその息子を捕り逃がしてしまう。
シェルドン氏の処刑は確実と思われていたが、シェルドン家の過去の功績と、領主に手を出せば死なばもろともと言わんばかりの領民達の鬼気迫る抗議を鑑みて、家名の剥奪と終身刑ということで落ち着いた。
現在、旧シェルドン領は彼らに教団をけしかけた貴族達の私兵によって一種の分割統治のような状態にある。領民たちは魔物と繋がりがある恐れがあるため軟禁状態にあるという。これから土地の再配分が行われた後の彼らの処遇については、まだ一切決まっていない。
そして、逃げ出したシェルドン夫人と領主の息子については、目下指名手配中となっている。
☆
舞台は再び裏路地。身体をすっぽりと包む外套を着こみフードを目深に被った少年が、石壁に貼られた『シェルドン夫人とその息子』の手配書に気が付き、周囲に誰も居ないことを確認したうえでそれを毟り取る。そして原型が分からない程粉々に破った後、近くの水溜りにばら撒いて捨てた。そうしてまたひとつ、悲壮に満ちた溜息をつく。
彼こそが他でもない、元シェルドン家令息、エミール・シェルドンその人であった。
年の頃は11歳、目はぱっちりと大きく、その瞳は瑠璃と見紛う程に青い。今はフードで隠しているが、髪は白い肌に映える深い栗色で、くるりと巻き上がるような癖毛である(本人はこれを気にしているようであるが)。性格は明るく朗らか。子供ながらに芯が強くあまり落ち込まない。だが時たま俯いた時などは、長いまつ毛と栗色の癖毛が相成り理知的で儚げな詩と音楽を愛する少年のようである。
領中でもその美貌は大いに評判で、父と母は彼を溺
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