仕事を終え、外に出たら一面銀世界だった。
ここ最近雪が降ったことがないだけあって、それは子供たちには喜ばしいことなのだが、仕事帰りの大人にとってはただただ邪魔なだけである。
寒いし、何より歩きづらい。そして寒い。大事なことなので二回言いました。
「・・・あー、どうやって帰ろう」
そうつぶやいた彼女は、背中から羽を生やしている。
腰には尻尾、頭には角。要するに、サキュバス。
「この雪の中帰るのはなぁ・・・」
店内と外を出入りしながらサキュバスは思案する。濡れたくないけど、帰りたい。帰りたいけど、濡れたくない。ああ、どうしようか。どうするべきか。
「そうだ、今日はここで泊まろう」
ぽんと握った右手を左の掌に乗せる仕草をした後、店のある方向に振り向く。
その店は、なんの変哲もないカフェだった。
「どうした、帰ったんじゃないのか?」
「雪の中帰るのは酷だから戻ってきたんだよ」
店に戻ってきたら、男の声が奥から聞こえてきた。
「それと、今日はここで泊まるからね」
サキュバスはそう言いながら男の座っている椅子の向かいに腰掛けた。
「はぁ?何でだよ」
男は怪訝そうな顔をする。
「別にいいじゃん。減るもんじゃないし」
「お前といると俺にいろんな何かが減りそうだよ」
「ふーん・・・、いっそ卒業しちゃえば?私で良ければいつでも大丈夫だよ」
「俺はお前なんかで卒業したくないな」
サキュバスのやたら悪戯っぽい笑みに男はきっぱりと、無表情で答えた。
「ひどい言い草だなぁ」
サキュバスはいじけた素振りを見せながらキッチンへと向かう。
「おい、勝手に商品使うなよ」
そんな男の忠告を華麗にスルーして、棚の扉を勢いよく開け放った。
「♪」
彼女が取り出したのは、クッキーの入った袋と、お湯を入れれば直ぐに出来上がる、そんなインスタントココアの粉だった。
「これ、もらうね」
「だから勝手に商品を使うなって」
男の許可など初めから得る必要もない、とでも言うかのようにサキュバスはクッキーの袋をビリビリとあけ、皿にクッキーをぶちまけて、ココア等と一緒に取り出しておいたマグカップにインスタントのココアの粉をクッキーと同じくぶちまけた。
「だから勝手に商品を・・・」
男は額に手を当て、目を閉じる。と同時に非常に長い溜息を漏らした。
「♪」
サキュバスの方は、そんな男のことなど完全に無視してポットのお湯をマグカップに注いでいた。そしてふと何かを思い出したようで、再び棚の扉を開いた。取り出したのはマドラー。ココアの粉をお湯をかき混ぜるものが必要だったのだろう。
「・・・」
男は既に絶句していた。探す言葉もかける言葉も見つからない、といったところか。
そんな対照的な状態、妙な空間がほんの少しだけ続いた後、
「はい、出来たよ」
サキュバスはマグカップを二つ持って男のいるテーブルにやってきた。
中に入っているのはもちろんココア。その甘ったるくチョコレートに近いにおいは間違いなく、ココアのものである。
「だから商品を使うなとあれほど・・・」
「いいじゃん、どうせ過疎ってるんだから」
「言うな。せっかく忘れかけてたのに」
男は半分涙目で言った。その手にはココアの入ったマグカップを握って。
「現実逃避するなら私をオカズにすればいいのに」
「だから、俺はお前で抜くことはねぇってば」
まだ涙目。
「ココアに涙が入るよ?」
「知るかンなもん」
・・・。
「男ならシャキっとする!」
「うるせぇよ」
サキュバスのガッツポーズは男には逆効果だった。
しばらくして、男は立ち上がった。
「ちょっと出かけてくる」
「気晴らし?」
「そーだよ、お前のせいでな」
男の声はどこか怒りのようなものを感じさせるものだった。
「ケチ臭いなぁ、たかがココアだよ?」
「そのココアが重要なんだよ!」
サキュバスが笑いながら言うと、男はそれに反応するようにシャウトした。
「うわ、あんたのそんな声初めて聞いたよ」
まだ笑いは収まらない。げらげら。
男はゲラゲラと笑い続けているサキュバスを放置して、店の外に出た。
が、
「寒っ!」
すぐ戻ってきた。
「そりゃ寒いわな。そんな薄着じゃ凍えるよ?」
サキュバスは「はい、ココア」とマグカップを男に渡した。
「・・・かっこつかねぇ」
そのマグカップを受け取った男は、既にぬるくなっているココアを一気に飲み干してそう言った。
「何、かっこつけで外に出ようとしてたの?」
「いや、本気で気晴らししてこようかと思ってた」
「なんで過去形?」
「この寒さに俺の頭でもやられたんじゃないか?」
「言えてる」
「そこは同意するなよ・・・」
「で、泊めてくれる?」
「もういいよ・・・どうでもいい」
「やった♪」
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