ヘルゲは、気を失ったフリストを抱えて山を下りた。
山の周囲は平原で、近くに街がある。が、ヘルゲは敢えてそこには向かわず、もっと遠くの、森を目指した。
街に入らなかったのは、ヘルゲの今の格好がすこぶる悪いことと、背のフリストの外聞を思ってのことだ。
裸同然のヘルゲに、ヴァルキリーが抱えられて街に入ったなどと知られれば、どのような悪評が立たぬとも限らない。
刃を向けたとはいえ、やはりフリストに対しては敬意がある。師に悪評が立つのは、弟子として我慢ならない。
森に着いた頃には夜になっていた。ファーヴニルの住処を見聞した時に、森の泉の位置も調べていたので、迷うことなく辿り着く。
フリストを下ろし、べっとりと掻いた額の汗を拭う。泉の水を手で掬い、一息に飲み干すと、五体に力が蘇るように感じられた。
と同時に、ヘルゲの下腹部が膨らんできた。
(ファーヴニルが、あんなことを言うからだ・・・・・・)
フリストを見る。
ヴァルキリーの生命力の為せる業なのか、体のあちこちに付いた裂傷はもう塞がりかけている。腹に突き立てられた穂先は、運ぶ前に抜いたが、その際に見た傷はもう跡形もない。
傷が次々と治っていくのに対し、寝顔は苦しげで、時折うめき声まで漏れている。
これで表情までが平然としたものであったら、ヘルゲもさすがに、
「やはり俺たちとは違う生き物なのだ」
と思わざるを得ないが、そうではなかったために、対等の生き物として見ることが出来る。出来てしまう以上、ファーヴニルの話を聞いた後で、欲情を掻き立てられるのは仕様のないことであった。
ファーヴニルは言った。
「あの女は魔物になりかけている。どういう経緯で魔物の魔力に汚染されているのかは知らん。だが、その抵抗力は凄まじいものがある。無意識に、体が魔力に抗っているのだろう。
一年か、或いはもっと以前。下手をすれば地上に降り立った時より、空気に含まれる魔力に汚染されたのかもしれん。略歴を聞けばその詳細も判ろう。過去に魔物を討伐したことがあるのなら、その最後っ屁でも食らったか、瘴気に触れたのかもしれん。
ともかく、あれは魔物化を自身の抵抗力で抑えつけている状態だ。もしその状態で手籠めにして、女の悦楽を身に刻めば、一気に進むだろう。
生殖に対し、偏見と誤解、無知と嫌悪を抱いている奴らだ。一度嵌まれば泥沼になろう。まずは肉の悦びを刻め。機会は、気を失っている今しかないぞ」
要は、抵抗出来ない現状で、犯せ、ということである。
「・・・・・・」
ヘルゲは、生唾を飲み込んだ。
今からやろうとするのは、下司の所業である。
傷ついた女を、介抱するのではなく犯す。己の意のままに、欲を満たし、女を穢す。世にこれ以上、醜悪な罪があるだろうか。
人の自由意思を踏みにじり、尊厳を嘲う行為である。知恵を持って生まれ、その知恵で以て秩序を作り、それを遵守するという倫理観に従ってこそ、人間と言える。
だから、ヘルゲがこれからやろうとすることは、畜生の所業である。ヘルゲは己にそれを強く言い聞かせ、フリストに痛みを強いることだけは絶対にすまいと、固く誓った。
その反面、欲情がないではない。
というより、欲情が強いがために、己を強く律する必要がある。空腹の人間に食料を与えれば、満足するまで貪るように。果ては、その途中で邪魔をされたら、食い物を恵んでくれた者にさえ牙を剥きかねない。
原始的で動物的な欲求なのだ。食事も性交も。
それらは、理性というタガで抑えつけるしかない。そしてそれが出来てこそ、人間である。
ヘルゲは、そっとフリストの衣服に手を伸ばした。
鎧の残骸が痛々しい。音を立てぬよう、慎重に外す。鎧を外せば、腰布と一体になったアンダースーツだけになる。
それも、ファーヴニルの咆哮を受けて、繊維が裂けてしまっているところが夥しい。
傷は、先にも言った通りそのほとんどが治癒している。
柔らかな白い肌に浮かんだ汗と、その汗が放つ芳香が、ヘルゲの意識を一瞬奪うほど、艶めかしい。
「フリスト・・・・・・?」
蚊の鳴くような声で呼びかけながら、初めて、師の素肌に触れる。
柔らかい。
鍛えた筋肉の上を、うっすらと覆う脂肪と肌の柔らかさ。押せば程よい弾力を指先に与えてくる。
汗を掻いているため、指に吸い付いてくる。
フリストは、まだ目覚めない。
少し、ヘルゲは大胆になった。
アンダースーツの裂け目から指を入れ、指先でフリストの腹をなぞる。
上質な絹の上を滑るような、状況を忘れて楽しくなってしまう感触であった。
しばし、ヘルゲは状況を忘れて夢中になった。
初めて触れる女体であるというのに、己に強く律したためか、それとも相手があの恐ろしいフリストであるためか。男の劣情に支配され
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