彼女の斜陽

「よくやりました、ヘルゲ。大役を果たしましたね」
 言葉は柔らかいが、語調が冷たい。軽侮する色がありありと見て取れる。
 これが、師匠の言葉なのか。
 そう思われるほどに、フリストは冷たい。現に、そう声を掛けたきり、鎧も盾も槍さえも失ったヘルゲには目も呉れない。
 肩を貫かれ、深紅の血で洞窟の冷たい床をしとどに濡らすファーヴニルを見下している。
「な、なるほど。合点がいったわ。
 性悪な神と、その下僕共の考えそうなことよ。人を私に当てて注意を引き、隙を作って仕留める算段か。
 ふ、ふふふ、恥というものを知らんな、天に祀られる連中は。人の方が余程高次だと見える」
 ファーヴニルが、膝を付きながらも不敵に笑う。
 もう反撃する力はない。あったとしても、五体満足のヴァルキリーが相手では知れている。敗者の立場で、ファーヴニルはヴァルキリーを嘲ってやるつもりらしい。
 その、力を失った邪竜を、フリストは蹴り上げた。
「ごふ」
 仰向けに転がったファーヴニルの、穴の開いた肩を踏みつけ、
「道理の判ったようなことを言う。たかがドラゴンの分際で・・・・・いいえ、今や人の情けをもらい、下劣な生殖だけが生き甲斐の蛇の分際。
 笑わせますね、ファーヴニル。どれほど題目を掲げ、どれほど口上を垂れようと、結局は人間の性器に跪く淫売に過ぎない。お頭までピンク色に染められた色魔風情が、一体誰を笑おうと言うのですか?」
 ぐりぐりと、傷口を踏みにじって嬲っている。
 痛みに悶えるファーヴニルが、ヘルゲにはなんだかとても気の毒に思われた。同時に、師であるフリストを、
(おぞましい)
 と思ってしまった。
 今まで、恐ろしいとは感じてもおぞましいなどとは思わなかった。師として自分を育ててくれた恩義が常にあるから、怒りを覚えても戒められた。
 が、今のこの様は、この後にどんな弁解を聞こうとも拭い去れない。
 思わず、
「ふ、フリスト。何故ここに・・・・・・」
「なんです、ヘルゲ。まだ居たのですか。もう役目は終わりました。近くの街の宿ででも待っていなさい。これの処刑を終わらせたら私も戻ります」
 相変わらずの、冷たい返答である。
 ヘルゲのおぞましさが、怒りに転じた。
「な、なんという言いよう。わ、私は命を懸けて戦ったのですよ。まるで用済みのように・・・・・・」
「貴方は本当に無知ですね、ヘルゲ。モンスター共に人を殺すことなど出来るわけがない。このファーヴニルでさえ例外ではありませんよ。
 そもそも、貴方の体に魔法など掛かってはいません」
「な・・・・・・」
「魔王が代わる以前なら、このファーヴニルも周囲に毒気と瘴気を撒き散らし、一帯を毒の泥土に変え得る邪竜だったでしょうが、今はただの羽の生えた蜥蜴。淫魔が魔王などになったことが、これらの不運なのです。
 淫魔は男に媚び、男の精を貰わねば生きていけないのですよ。その影響が、魔王になったことで他の魔物にも伝播したのです。
 ドラゴン共は、かつての気高さを持ってはいるものの、大事な生殖相手の人間の雄を手に掛けることは、絶対に出来ないのです。さっき散々躊躇ったでしょう? それが良い証拠です。
 ふん、そんなに男が欲しいなら、跪いて縋りつけばいいものを。貴方たち淫売には、それが似合いですよ」
 フリストは、眼下で歯噛みする邪竜を嘲っている。
(こ、この女は・・・・・・!)
 自身を捨て駒のように使われたことよりも、戦っていたファーヴニルを嘲る物言いに憤った。
 思えば、ファーヴニルは常に絶対者の立場でヘルゲを見下していた。そう取れる発言も多かったが、同時にヘルゲの境遇を哀れんでもくれた。
 一撃目に、盾だけを砕かれたのは何故だ。二撃目に鎧だけを切り裂いたのは何故か。止めを刺せる時に、何度も逡巡したのはどうしてだ。
 たとえフリストの言う、淫魔の影響があったとしても、ファーヴニルの言動は爽やかだった。簡単に言えば、憎めない言動が多かった。
 それが、卑劣にも背後から襲撃という形で不覚を取り、あまつさえ傷口を嬲られながら嘲笑されている。一体なぜ、それほどの罰を受けなければならないのか。
 実に、我慢ならない状況であった。
 フリストは、そんなヘルゲを見もしていない。それよりは、組み敷いたファーヴニルを仕留めることが先だ。
 槍を構え、ヘルゲが傷をつけた喉の鱗に狙いを定める。
「最期の時ですよ、欲深な邪竜。呪詛があるなら聞いてあげましょう。尤も、淫らな蛇の言葉など、ここを出れば忘れしまうでしょうけれど」
 その時であった。
 ヘルゲが、折れた穂先を拾って駆けたのは。
「え?」
 と、平素のフリストに合わない間抜けな音を出したのは、ヘルゲの掌中に握られた穂先が、彼女の腹部に突き立てられていたからである。
「くっ」
 それでも、さすが
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