蝋燭の炎が、揺れている。
中野石見守兼良(なかの いわみのかみ かねよし)の居室である。
場所は城の二の丸に当たり、主に政務を行う。隣の障子を五枚ばかり過ぎると、兼良の寝室になる。
肘掛に身を預け、平伏する家臣を見下ろした。
「主税、年貢が減ったと申したか?」
「はっ、前年度よりも明らかに減退しております」
右から、杉原主税光成(すぎわら ちから みつなり)。
和良主計静好(わら かずえ しずよし)。
そして、六平刑部重満(ろくひら ぎょうぶ しげみつ)。
「刑部」
「はっ、照らし合わせたところ、拿捕した罪人共とも数は合いません」
三人の報告を受けて、兼良は長く嘆息した。
「魔物共の仕業と見るが自然か」
「仰るとおりかと」
税である年貢が減った。
ということは、人口が減っているということだ。
兼良の統治に、問題はない。その年の作物の実り方で税収を変え、民に無理のない税収を保ち、それらを治水と商業に回して発展させてきた。
弾正(だんじょう)の権限をある程度容認し、非違を見つけたらその場で拘束する権利を与え、それらの情報連結と裁判を刑部に委任した。
事の発端は、主計が報告した前年度の年貢米と、今年度の年貢米の差である。
明らかに減っていた。
年貢米の接収を拒んだ者の報告は上がっていない。
すぐさま税収を司る主税を呼び、確認し、人口の減少だと結論付け、罪人の増加が原因ではないかと証明するために刑部を呼んだ。
そして出た結論は、領内の人口減少の理由は、魔物ではないか。
「人と暮らす魔物ならばある程度容認しよう。が、水神などは住処に人を招き入れる。恥知らずの人外が、私の領土で私の民をかどわかすなど」
兼良は、この島(ジパング)では珍しく反魔物派の人間である。
魔物は、人の精を糧とする。
人を殺すことはないが、人を糧とすることに違いはない。そこは、どんな理屈やお題目を掲げても永遠に変わることはない。
ならば、人とは魔物の糧になるべく生まれるのではないか。
その結論が、兼良は気に入らない。
如何に魔物を嫌う者とて、精を啜られた途端豹変する。快楽による洗脳でなくてなんであろう。強制的な価値観の変質は、個人への冒涜でなくてなんであろう。
兼良は、領内の民を愛するが故に、魔物を嫌っていた。
「かくなるうえは、我が手で斬るか」
兼良の佩刀は、左文字源慶。名刀中の名刀である。
剣の腕も、中条流で目録を得た。剣術家としても秀でている。
厳粛な性格だったが、刃傷沙汰を嫌うので、実戦の経験はない。人を罰するのも死罪はなるべく避け、どうしようもない時にのみ、斬首でなく切腹を命じた。
言うなれば、慈悲深い。
その兼良の癇癪といえば、決まって魔物のことであった。
「と、殿のお手を煩わすことでは・・・・・・。それに、左文字源慶を不浄の血で汚すなど」
刑部が、慌てて止めた。
兼良に忠義を尽くしているこの三人は、反魔物派ではない。
なるほど、政治家としての兼良の手腕や剣術家としての気勢に惚れこんではいる。が、その思想に全て同調しているかと言われると、そうではない。
実際に人間が食い散らかされたとか、不幸になったとかいう話は領内で聞かない。ならばそれもまた個人の幸福の形ではないかと思っている。
この意思は、家臣団の共通の意識である。だからこそ、兼良は未だに大粛清とも言うべき魔物の虐殺に至っていない。
「口惜しいことよ、歯痒いことこの上ない」
三人の家臣は、兼良を不憫に思ってきた。
領内の民を我が子のように愛し、優しく厳しく統治してきた姿には、一生も二生も捧げて悔いなしという思いが沸々と湧き上がってくる。だが、だからこそ差別主義に走っている姿は哀れですらあった。
「殿、敢えて苦言を申し上げます」
「断らず、申せ。そなたらの苦言なら喜んで聞こう」
「大学なぞの言葉に踊らされることのなきよう。軽挙はお控えくだされ」
兼良の家臣、坂野大学鎮成(さかの だいがく しずなり)は、教育機関の長を勤めている。だからであろう。
彼は唯一、兼良の反魔物思想に同調しており、しきりと大粛清を提案している。
もし兼良が粛清に乗り出せば、魔物と共存し、一応の平穏を得ている民の心は瞬く間に離れてしまう。
それは、これほどの統治能力を持つ兼良にとっても、その膝元で安寧を謳歌している民にとっても不幸極まりない。
「・・・・・・判っておる。だが父とは、時に子に憎まれようとやるべきことを完遂せねばならぬ。それは覚悟しておれ」
「はっ、それはもう」
「よし、ならばもう下がれ。遅くに呼び立てしてすまなんだな」
平伏して、三人は下がった。
兼良は灯りを消して、寝室に行った。
「ご苦労」
寝所の隣室で控えている小姓に声を掛けて、敷
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