それから、ヘルゲはひたすら歩いた。
道の舗装されている街道をひたすらに。まっすぐであっても野道や山道は絶対に行かなかった。
ヘルゲは知っている。これまで旅続きだったのだ。当然である。
舗装されていない道は体力の消耗が激しい。多少大回りになっても、人通りのある道を行くのが安全で速い。
野宿も出来るだけ避けた。またも体力を気遣ってのことである。
宿に日の入りと共に入り、晩飯を食うとすぐさま寝た。
独り寝は、初めてだった。
幼い頃は小さな家で家族が身を寄せ合うようにして寝ていたし、フリストに連れ出されてからは常に同じ部屋だったから、この道中随分寂しい。
それに、ヘルゲの性力も最早淫魔と肩を並べるところまで来ていたから、フリストを抱けないこの二夜は針の筵で眠るより辛かった。
三日目に我慢が利かなくなりそうになった頃、フリストが合流した。
「確約を取り付けました。あとはこちらから連絡が入れば、予定戦場へ出立するそうです」
と、フリストが用件を切り出したのは、明け方になってからだった。
フリストも、離れ離れになった二日が身を切るほどつらかったらしく、道中で再会するなり熱く抱擁を交わし、感動を抑えきれずその場で交合したからである。無論、二人とも最低限の慎みはあるから、近くの物陰を選んだが。
そこからの道行きは早かった。
やはり人間、精神に鬱屈したものを抱えると物事の進みが遅くなるものらしい。ヘルゲはフリストを抱けない鬱憤を晴らし、そのため、足の進みがだいぶ良くなった。
結局、三日目の夜中に、グニタヘイズに辿り着いた。
「わたくしの背から離れませぬよう」
フリストは神妙な顔で言った。
主神の加護を受けていない以上、ファーヴニルとは既に戦力に開きがある。ヘルゲと二人で掛かっても逃げ遂せるかどうか判らない。
しかし、フリストは自身を盾にしてもヘルゲを守るつもりである。悲壮な決意が、顔に滲んでいた。
が、ヘルゲは落ち着いている。ファーヴニルが、話の通じない相手ではないことを知っているからだ。たとえ敵対するにしても、徒に命まで奪う相手ではない。
ヘルゲは交渉に来たのだ。決裂するにしても、血生臭いことにはなるまい。
二人してグニタヘイズの枯れ山を登り、月光が降り注ぐ洞窟まで来た。
ファーヴニルは、起きていた。
「もう一度その顔を見ることになるとは思わなんだな」
会うなり、不快そうに言った。
確かにファーヴニルとしては会いたい相手ではなかったろう。ヘルゲは軽侮する人間であり、フリストは不覚を取った、というより卑怯を行った仇敵である。
この反応はヘルゲも予想がついていたから、特に驚かず本題に入った。
二人の状況を全て聞き終えて、ファーヴニルは殊更表情を不快そうに歪めた。
「窮した挙句、私に頼ろうというのか。
恥を知らんな、ヴァルキリー。その手で非道と卑怯をした相手に助けを乞うのか」
「馬鹿にしないでもらいましょう、ファーヴニル。ヘルゲがやれと命じるなら、貴女の足を舐めることまでします。この程度の恥、なんの苦にもなりません」
ファーヴニルが意外な驚きに目を見張った。
まるで別人である。
フリストはかつて自分が仕えた神を最早歯牙にも掛けておらず、ヘルゲのみを天地にただ一人の主と仰ぎ、その命ならどんな命令でもきくという気概を五体から滲ませている。
ファーヴニルは、自分が助言したこともあって、ヘルゲの顔を見て、
「うまくやったな。女たらしの才も、お前にはあるようだ」
と言って笑った。
が、本題とは別である。
「頼ってきたところを気の毒だが、私にはお前たちに助力する義理も道理もない。このまま引き取ってもらおうか。
義理か道理か心情か、何れかが味方をすれば百万の軍勢すらこの吐息で破滅させてみせようが、何れもないのであれば羽ばたきすら断ろう」
ファーヴニルは素っ気なく言って座に戻る。
洞窟の奥は一段高い棚のようになっていて、そこにはファーヴニルの私物がある。アンドヴァリナウトが生んだ黄金は、価値のないものだと断ずるように散らばっている。
だから、自然とファーヴニルの座す棚のような場所は暗く、地面が明るい。多少奇妙な光景であった。
「義理ならあります、ファーヴニル」
ヘルゲが言った。
「ほう」
と、ファーヴニルは座したまま足を組み、尾を愉快そうに揺らしてヘルゲを見た。
赤い瞳が、この問答を愉しむ光に満ちたが、同時に、回答が自身の意に沿わぬものであれば容赦なく傷つける嗜虐的な光を帯びてもいた。
「互いに心情や思惑はどうあれ、私はあの時、貴女を助けました。フリストの槍を逃れられたのは、私の助力があったからです。
その義理を果たしてもらいたい」
「道理だ。が、その義理は既に果たした。ヘルゲ、貴様が
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