二人とも身を清めて、互いを抱きながら睦言を交わす頃には、もう体力が回復している。
フリストは元より、ヘルゲとて歴戦の勇士である。交合程度で精根の尽き果てるわけがない。欲情さえまた猛りを見せたなら、もう一度交わる程度は造作もない。
「ヘルゲ、わたくしは貴方を主と仰ぎます。そのことだけは、ゆめゆめお忘れなきよう」
「判りました。フリストがそこまで仰るなら受け入れます。
しかしこれからなんとしましょう。元より私の教導が目的だった旅です。然したる目的もありませんし、やはり世の難事を求めますか?」
「ヘルゲ、貴方は勇者になりたいですか?」
いや、とヘルゲは思った。
それはフリストに出会って間もない頃思ったことである。勇者という生き物は、余人の口の端に誇らしい気持ちと共に登るものだが、本人の人生は悲愴に満ちている。
滅私を胸に誓って人民に奉仕し、ついに使い潰されて死ぬ。
たとえそれが人類という歴史の上で、外すことの出来ない尊い犠牲であったとしても、フリストを手に入れたヘルゲは、自らその犠牲になろうという気持ちはなかった。
失望するかもしれない、と思いつつ、ヘルゲはフリストにそのことを正直に話した。
フリストは黙って、頭をヘルゲの肩に置きながら、
「貴方が嫌なら、わたくしも嫌です。
どこか、二人で暮らしますか。何事か思いつけば、世に出れば良い。案ずることはありません。わたくしはヴァルキリーで貴方はヘルゲ。世の誰に後れを取ることがありましょうか」
その時である。
フリストが、弾かれるようにヘルゲから身を離したのは。
「立って、ヘルゲ―――――!」
ヘルゲも判っている。
立ち上がるのと地面を蹴るのは同時であったろう。
二人は斥力に弾かれたように正反対の方向に駆け、同時に武器を取り出した。
フリストは槍を。ヘルゲは腰の剣を抜いた。
その間、さっきまでフリストとヘルゲが肩を寄せ合っていた場所に、夥しい土煙が舞っている。
(なにかが降ってきた)
ヘルゲの顔に、飛び散った草や苔などがバチバチと爆ぜるように当たる。
しかし目は閉じず、じっと土埃を見つめながら、剣を構えた。この行動が既に、並みの戦士ではない。落ち着きぶりは、さすがにファーヴニルと死闘を演じた男だけのことはある。
この状況の内訳は、上空からフリストとヘルゲに向けてなにかが飛来し、落下した。その際の地に響いた衝撃と音は、まだ余韻を二人の耳と体に残している。
「上です、ヘルゲ。そこには槍しかない」
さすがにフリストである。
ヘルゲとは見ている先が違う。慌てて上空に視線をやると、紺碧の鎧に身を包んだ女が、空中に佇んでいた。
「ヴァルキリー・・・・・・?」
「そのようです。しかもわたくしの知っている顔ですね」
ふわりと、風が吹いた。
立ち込めた土埃が風にさらわれ、佇む女の金髪を揺らした。
悲しげに目を伏せ、二人を睥睨するのは紛れもなく、ヴァルキリーのロスヴァイセであった。
「無礼ですね、ロスヴァイセ。わたくしはともかく、ヘルゲにも向けて槍を投げるのは許せません」
フリストの言葉を受けて、ロスヴァイセは顔全体に悲しみの色を浮かべた。
「悲しい。フリスト、私はとても悲しいです。
あれほど気高かった貴女が、誰よりも主の尖兵であることに誇りを持っていた貴女が、ここまで堕落してしまっているなんて、私のこの悲しみは、とうてい貴女方には伝わらないでしょう。
尊敬する先輩、フリスト。貴女の身に起こったのは不幸か不明か。いいえ、それはきっと不実に違いありません。だって貴女が堕ちるなんてこと、あるわけがないのですから」
支離滅裂である。
混乱しているのだろう。ヘルゲはそう取った。
尊敬するフリストが魔に堕ちるなど、同じヴァルキリーとして信じられないという気持ちは判る。それを前にして混乱するのも、無理はないと思った。
が、フリストは口の端に笑みを浮かべて、
「変わりませんね、ロスヴァイセ。陶酔し過ぎるのが貴女の悪い癖だと、遠い昔に叱った筈ですが、悪癖を引き摺ったままわたくしの前に立つのですか?」
「ああ、やはりその言いようはフリスト。夢寐にも似たあの懐かしい日々に、私を教え導いてくれたあのフリストに違いない。
なんということでしょう。やはり貴女は魔に堕ちた・・・・・・。
いいえ、いいえ、そんな筈はありません。私の記憶の中のフリストなら、たとえ五体を魔王に刻まれようとも屈しない筈。
なんでしょう、なんなのでしょう、この矛盾。貴女がフリストである筈はないのに、言い様も姿形も紛れもなくフリスト。
嗚呼、混乱の極みで悲しいです。こうなれば、私に出来るのは貴女という幻を、この槍で貫くのみ―――――」
言うが早いか、ロスヴァイセは頭を下にして地に迫り、一瞬で槍を
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