ちょうど、フリストに続いてヘルゲも床に就こうとした時であったろう。
その女が、脳内に響いた天の声によって、フリストの異常を知ったのは。
「フリストが、魔に堕ちた・・・・・・」
茫然と呟くのは、ヴァルキリーのロスヴァイセである。
鎧は紺碧。手に携えるのは金色の槍で、腰にあるコハクチョウの羽が、フリストと同じである。
フリストの髪は長いが、ロスヴァイセは短い。そのためか、幾分能動的な印象を受ける。
フリストの後輩に当たるヴァルキリーである。
「では、迅速にそれを確認し、処罰します」
神の声に応えて、ロスヴァイセは戦場を後にする。
エインヘリアルの選別も重要だが、それ以上に重んぜられる事態である。
「あのフリストが、まさか・・・・・・」
空を駆けながら、ロスヴァイセは呟く。
いや、ヴァルキリーなら誰でも、というよりも、フリストを知る者なら皆、同じような反応であろう。堕としたヘルゲでさえ、翌朝に跪いたフリストを見るまで信じられなかった。
ロスヴァイセがフリストの堕落を確認した時、処罰が決定される。
ヴァルキリーの使命を放棄し、祀ろうべき神に見向きもしなくなったのだから、当然である。
元来、天に祀ろう者の判断は迅速で的確で、容赦がない。
ヴァルキリーに於いての処罰は、死のみである。
「フリスト・・・・・・」
そのことへの感傷が、ロスヴァイセにもなくはない。ないが、やはりヴァルキリーである。神の声は、疑う余地もなく絶対である。
殺せと言われれば、自身の子すら殺すのが天の使いである。
そのくびきからフリストは脱したが、それが幸であるか不幸であるかは、まだ誰も判るまい。
翌日より、フリストは変わった。
変わったが、然程に言動に変化は見られない。ただ、
「ヘルゲ。もっと毅然となさい。わたくしを従えるのですから、まず言葉遣いから改めなさい」
内容が一変した。
「そ、そうは申されましても、フリスト。急には・・・・・・」
「情けないことを。急に変えた言動に、自覚というものは芽生えるのです。大体、なんですか。行為を求める時も、貴方はいつも姉の袖を引くようにする。
跪け、くらいのことが言えないのですか」
「む、無茶を仰せられる。そんな無体なこと・・・・・・」
「その様の方が、従うわたくしに無体だとは思わないのですか、貴方は」
叱られているのは、平素と変わらない。
が、ヘルゲが恐縮してしまうと、今度はフリストが慌てて、
「ち、違うのですよ、ヘルゲ。叱っているわけではありません。諭しているのです。か、顔をお上げなさい。
というより、わたくしを叱りつけるくらいはなさい。生意気な口を利いているとは思わないのですか?」
「お、思えるわけがないでしょう! 私が誰に向かってそんなことを言うのですか」
「わたくしに向かって言える立場なのですから、霊長の全てに言いなさい。
言っておきますが、ヘルゲ。わたくしは貴方の命ならなんでもしますよ。目に付いた町娘が気に入ったというなら力ずくでかどわかしますし、手籠めにするならわたくしが仕込みをしましょう。
街を焼けと命じられれば、鼠の子すら残さず灰にします。
良いですか、ヘルゲ。貴方は国の軍勢の中から、勇士を、花を剪定するように選び取るヴァルキリーを跪かせるのです。相応の態度と言動をなさい」
ヘルゲは、叱られた子供のような顔で黙った。
無理もいいところである。
生まれが生まれなだけに、ヘルゲは自尊心というものを育んでいない。況してやフリストに散々叱られてきたのだから、芽生えるところから望み薄というものであろう。
そんなヘルゲに無茶な要求だと、フリストも思うが、譲れない。
「考えてもなさい、ヘルゲ。
わたくしは確かに魔物に成り下がってしまったために、こんなわたくしになってしまったのかもしれない。しかしそれは一因です。直接は、やはり貴方が手を下したのです。
貴方の手管と熱意、そして気遣いによってわたくしは貴方を主と認めた。ならばわたくしを従えるのは当然でしょう。
ヘルゲ、貴方が自分を下風に置いては、従うわたくしは何者の下風にも立たなくてはならない。そのことを、哀れだとは思われませんか?」
そう言われてみると、その通りである。
ヘルゲは思い直した。
(俺の振る舞い一つで、フリストの人への印象は決まるのか)
尊敬する師に、惨めな気持ちを味わわせないために、相応の振る舞いが必要なら、まずはやってみようと思った。
フリストはようやく安堵して、
「よかった。判ってくれましたね、ヘルゲ。これからは少し過剰なくらい尊大になりなさい。行き過ぎていたら窘めます。
さ、まずはそこの切り株に腰を下ろして」
妙な主従である。従う側が、従える側を教導するのである。
ヘルゲは言わ
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