『英雄になりたい』
それがその魔物の口癖だった。
彼女がそれを口に出す度、周囲の者達は優しくそれを見守っていた。何故なら、彼女はまだ幼かったからだ。
恋愛譚よりも英雄譚が好きで、勉強よりも運動が好きで、男の子のような振る舞いが好きな女の子。
つまりはまあ、普通の子である。
魔物としては、いささか変わっていると言えるだろう。だが、それも色気付いてくるまでの話である。その頃になれば自分が憧れその物になるよりも、その伴侶となる方がずっと素敵な事なのだと気付くはずだ。
周囲の者達はそんな優しい――そして、何処か生暖かい視線を件の少女に送り続けた。だからだろう、その彼女は成長すると、英雄になりたい、だなんて口にする事は無くなっていた。
思う事すら、無くなっていた。
『英雄に、ならなければならない』
幼い少女の憧れは、歪んだ強迫観念に成り果てていた。
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僅か一呼吸。たったそれだけの時間で、周囲の男達が斬り伏せられた。
アランは腰でも抜かしたかのようにへたり込みながら、呆然とそれを為した者の事を見上げている。
女だ。若い。口元を布で隠している。目は冷静に周囲を観察しており、感情の色が伺えない。
そして右手には、鮮やかに照りを返す、人肉色の長剣が。
血のような色で覆われた顔を見ながら、アランは思った。
まるで不審者みたいな格好だな、と。
……アラン自身、とぼけた感想だとは思ったが、思ってしまった物は仕方がない。だから服装、外見、身嗜みは大事なのだ。人間関係は第一印象からである。そういう意味で、あの角だとか翼だとか尻尾だとかもどうだろうか。うん、人間関係というか、人間ですらないじゃないか。
そんな現実逃避をしている間に、女――魔物が、アランの方へと近付いてきた。
手にしていた桃色の剣を鞘に納め、口元を覆っていた赤い襟巻きをずり下げ顔を晒し、そして口を開いて声を掛ける。
「あなた……怪我はない? 大丈夫?」
そう言って、未だ尻餅を付いているアランに手を差し伸べる。
心配そうにこちらを見るその顔は、まだ少女と言っても良いくらいにあどけなさを残した物であった。
「有難う御座います。助かりました」
自分を囲んでいた野盗達を斬り伏せてくれた少女に対し、今更ながらに礼を言う。やっぱりアレだ、人を第一印象だけで判断しては駄目なのだ。
そういう問題ですらない気はするが、そういう事にしておこう。アランは深く考えない男であった。
「気にしないでいいよ。よくやってるから、こういう事」
と、野盗達を縛り上げながら少女が答える。うむ、なんというか、実にこう、お転婆である。件の野盗達が生きているのはおろか、傷一つ負っていないのはいささか甘いとも思えるが。まあそこは別に、どうでも良いか。町に連れて行ったら縛り首だし、彼等の寿命なんて興味は無いし。
そんな事を思っている間に少女は男達を縛り終え、今度は何やら小瓶を取り出す。そして蓋を開けるとその中身、何やらねっとりとした黒っぽい液体を彼等に向かって振り掛け始めた。
濃密な、甘い匂い。なんというか、魔物達が好きそうな、惹き寄せそうな感じのそれ。
それで大体、男達の末路が分かった。まあ別に、無事に解放されるでもなければ、どうしようが別に良いけど。
「……よし、終わり」
そう言って、少女がこちらに向き直る。
あらためて見ると、なかなかの美少女だった。というか、とんでもない美少女だった。
年の頃は十代の半ばをようやく過ぎたという辺りだろうか。あどけないとすら思った顔立ちは、造形だけ見ればむしろ大人びている方である。ただ明るく朗らかな表情と、そして溌剌とした雰囲気が彼女を若く感じさせた。というか、幼く感じさせた。生命力が溢れている、とでも言うべきだろうか。表現は悪いが、黙っていれば美人、みたいな部類かもしれない。いやまあ、黙ってなくても美人だけど。むしろこっちの方が好みだけど。あとまあ別に、どうでもいいが、胸が結構大きかった。
いや、どうでもいいんだよ? 本当だよ? でもまあ、身体的な特徴として、一応ね。だってまあ、薄いとはいえ革鎧を着ているのに、かなりこう、盛り上がっているからね。これはまあ、つまり大きい部類に入るんじゃないかと、一応ね。分かりやすい特徴だからね。
そんな風に脳内で自己弁護をしていると、少女がにっこりと笑って口を開く。よもや罵倒されるのではと警戒したが、当然ながらそんな事は別に無かった。
「色々と先にやっちゃったけど、あらためまして、こんにちは、初めまして。私、フォリーっていいます。よろしくね」
なんて、可愛らしく挨拶兼自己紹介をされただけである。うわぁ、自分がまるでゴミのようだ。
い
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