持っていた矢は全て撃ち切った。
オドと体力を搾り尽くした。
「はあ、はあ」
「んく。はあ」
私とユーリスの乱れた呼吸が、夜風に混じって溶けていく。
「気は済んだか?」
彼の声だけ、憎らしいほどけろっとしていた。
「はあ――まだまだ。その顔、一度も引っ叩いてない」
「っく――いい加減、諦めなさいよ」
私はユーリスを睨みつけた。
ユーリスも私を睨み返してきた。
この顔。
月夜の泉に映り込んだような私たち。
違いは髪の色と長さくらい。
「絶対、嫌っ」
「負けず嫌いなんだからっ」
そう。
二人揃って負けず嫌い。
そんな私たちが、集落から遠く離れたこの森に辿りつき、一〇数年今までなんとかやってきた。
「客観的に見れば、これは俺たちの負けでは無いのか?」
無数の触手にがんじがらめに縛られて、首から下の動きを封じ込められた彼が言った。
「……違うの! まだ負けてないの!」
その隣でやっぱり手足を封じられながらも、私はもがいて訴えた。
私たちは敢え無く捕まってしまい、ユーリスのいる頂きにいた。
「大体あなたも! 人間の集落の時は七〇人を相手にしたのに、どうしてあっさり捕まったりしてるの!」
「そうは言っても俺の腕は二本だ。一対一が七〇回ならそこそこ戦えるが、一対七〇ではとても捌き切れない。
活劇や絵物語ではないので、残念ながら限度というものがある」
「原因は思いっきりこけてたからでしょ! ちゃんと見てたんだから!」
よりにも目の前で転んで、あっさり逆さまに宙吊りにされていた。
触手の下にあって見えないけれど衣服も外套も泥まみれのままだろうし、顔も半分くらい泥で汚れていた。
「恥ずかしい限りだ」
彼は私の言葉を肯定して大きく一つ頷いた。
どうしてそんなに落ち着いていられるの。
彼は今まで可笑しな事を言って私の気分を解しているだけなんじゃないか、と思っていたんだけど。
……何というか。
本当は、どこか鈍いだけなんじゃないかな?
「ともあれ、負けは負けだ。時には敗北を認め、受け入れる事も強さだと思うが?」
後、どうしてそんなに諦めがいいの。
押し倒され慣れてるって言ってのは、本当なのかもしれない。
そして、私は諦めが悪い。
「こ、これは――そう。ユーリスに近づく為にわざと捕まってるだけなの!」
「……呆れた。まだそんな事を言うの?」
月が近い。
風が強い。
何より、目の前に私の半身がいる。
「幾らだって言うわよ。私の性格くらい判ってるでしょ?」
「ええ。もう嫌ってくらいにね」
「それはお互い様」
こんな憎まれ口めいた言葉が、私たちの口から飛び出てくる。
お互いに悪態をついているのに、なんだか胸が温かい。
「これほど沢山のオドを貯め込んでるのに、息を上げて。どこか具合が悪いの?」
「この身体は、動くだけで魔力を消耗するのよ。封印を解く為に消耗を抑えなければいけないのに、お構いなしに魔術を撃って来て」
「ユーリスの方こそ、魔術で追い回して。……昔から、あなたの方が魔術は繊細で上手」
「その魔術をかいくぐって弓を撃ってきたのは誰? ……私もね、シーリスの弓使いに憧れてたよ?」
彼は顔を合わせれば言葉に血が通うと言ったけれど、それは本当。
だって、ユーリスと別れてからは孤独しか感じられなかったのに。
死にも等しいと離別だと思っていたのに。
顔を合わせた途端にこんな口喧嘩だなんて。
「ずっと会いたかった」
「私も」
全てが全て以前の通りとはいかないけれど。
それでも私が知っているユーリスも目の前にいる。
確かに、この子はここにいる。
私たちはもう睨み合ってなどいない。
懐かしい郷愁と親愛の眼差しを向け合っていた。
「確かに姉妹だな。二人ともそっくりだ」
彼にそう言われた事がなんだか気恥ずかしくなって、私たちは揃って目を背けた。
「そ、そんな事言って。どうせ短気だとか手が早いとか、付け加えるんでしょ?」
「そ、そう。だってMBさんって、いつも余計な一言をこぼしたりするから」
居心地の悪さを誤魔化す為に口走ったのが、内容まで似通ったものになってしまった。
「付け加える事は特にない。だが敢えて上げるとしたら」
「ううっ」
「あるじゃない……」
首を竦めている私たちに、彼は言う。
「二人共互いを想い合っている」
彼の言葉は、私が考えてるよりずっと真面目で真摯な言葉だった。
「二人は俺が見た中で誰よりも姉妹に見える」
「……」
「……」
可笑しな事ばかり言う彼なのに、時々恐いほど辛辣で、泣きたくなるほど清廉で、底の知れない慈愛を覗かせる。
私は
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5 6..
23]
[7]
TOP[0]
投票 [*]
感想