「随分物々しい」
俺はぬるいエールをちびちびとやりながら、ぴりぴりと張り詰めた空気が流れる酒保の様子を眺めていた。
大きな森に面したこの村に足を踏み入れてから、今の感想はずっと感じていた。
村の周囲は切り出した丸太で壁が築かれ、門まで作られていた。
要所要所に設けられた鐘楼にはクロスボウを手にした見張りが立ち、住民の殆どが思い思いの武器で武装していた。
村は一目見て堅気でない者たちで溢れ返り、のんびりとした風景からは程遠かった。
俺は初め、どこか盗賊の根城にでも迷い込んだのではないかと疑ったほどだ。
「へぇ、そいつはもう。皆さん相当苛立ってますからね。村中どこをつついても弾ける風船のようなものですよ」
俺の言葉に答えたのは魔女殿ではなく、行商人をしているというホーラッドという名の男だ。
顔馴染みという訳ではなく、魔女殿と席について食事を摂っていると、気さくに話しかけてきてそのまま相席している。
魔女殿は気にかけず、当人も敵意は持っていないようだったので、彼の話に耳を傾けていた。
「何故?」
ホーラッドは人目を憚るようにきょろきょろと辺りを見回してから、口に手の平を立てて囁く。
「……番人ですよ、番人」
「番人?」
背中を丸めて乗り出す行商人の姿勢を真似て、俺も小声で尋ね返した。
「へぇ。エルフなんですがね、これがまた滅法強いらしくて。一昨日も着いたばかりの傭兵団が意気揚々と森に踏み入りましたが、戻って来る時には敗残兵な有様でして、はい。
ここだけの話ですがね。ここにいる皆さんも相当負けが込んでまして、酒盛りで憂さ晴らしという次第なんですよ」
彼の話は不可解だった。
エルフと言えば森に住む者の代名詞になるほど有名だが、そのエルフと人が何故争っているのだろう。
俺が読んだ書物にエルフは好戦的な性格だという記述は無く、どちらかと言えば争い事を嫌って森の奥深くに隠れ住む種族。
だった気がする。
「何か理由が?」
俺が訊ねると、行商人は目を丸くして俺と魔女殿を見比べた。
「お二人さん、財宝の噂を聞きつけてやって来たんじゃないんですかい?」
「財宝?」
何やら複雑な事情が絡んでいるようだ。
なんでも森の最深部には太古の遺跡が手付かずのまま今も眠っており、遺品や財宝も少なくないとか。
その遺跡をエルフが守っているという話だ。
この村はその財宝を目当てに集まってきた発掘屋を中心に、各地を流離う冒険者や雇われの傭兵、その彼らを相手に商売をするホーラッドのような行商人が集まって自然に出来た村だと言う。
有り触れた寝物語なのかもしれないが、実際にその状況を見るとなかなか新鮮に感じられた。
「松明から大砲の弾。勿論、逗留するには垢落しも入りますからね、お望みならそっちの方も揃います。なんせ手付かずの遺跡ですからね、どれだけの金銀宝石財宝が唸っていることか。
この村は今ちょっとしたゴールドラッシュみたいなもんでして。
まあ、今のところ番人を突破できた者はいないんですが」
「なるほど」
一山当てようと集まってきて、思わぬ足止めを食わされているらしい。
のどかさとは程遠い風景も、ぴりぴりとした空気にも納得がいった。
「ホーラッドも一山当てに来たのか?」
「とんでもねぇです! あたしゃ自慢じゃねぇですが腕っ節の方はからっきしで。誰かを雇って森の中の遺跡に乗り込もうなんて、慣れない事はするもんじゃありやせん。
あたしら商売するもんは物が入ってからが本番でしてね」
財宝が手に入ったとして、それを流通させなければ意味が無い。
金銀財宝もただあるだけでは重い荷物になるだけだ。
利ざやで稼ぐ事は商人が得る立派な報酬で、ホーラッドはその領分をきっちりと守っているようだ。
首から提げた大きなポシェットをぽんと叩いて見せるホーラッドに、今までミードを舐めていた魔女殿が口を開く。
「それで盗掘屋と傭兵半分盗賊半分なへっぽこどもに見切りをつけて、わしらに声をかけて来たか」
にやりと笑った魔女殿に、ホーラッドはぎょっとした後に気まずそうな愛想笑いを浮かべた。
「いやはや、見抜かれてましたか」
「ふん。商人ほど噂話に耳聡い職種もなかろう。店を持たず渡り歩いておるなら尚更な」
「ご高名なお二人の姿をお見受けしましてね、是非ともお近づきになりたいと思いまして。
こうして不躾ながらも相席させて頂きました次第でして、はぁい」
どうやらこちらの素性は初めから見抜かれていたようだ。
王国から手配されている身を考えれば、それほど不思議ではない。
何気なく視線を魔女殿からホーラッドに向けると、彼は慌てたように手を向けて左右に振った。
「いやいやいや、勿論お二人
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