にやにやと笑う魔女殿。
ゲッパとドッパの獣のような咆哮。
そして、俺の腕の中で声もなくはらはらと涙するリコ。
……?
俺は困惑していた。
リコが何故泣くのか判らない。
『フンフンフン! フン!! こぉんな気ん持ちいいゴブリンオスまんこ、一回出したくらいじゃ終われねぇでゲス!
グェッグェッ!』
『そんなに激しくされるてゴブリンオスまんこから特濃ゴブリン汁がもれちゃうっス! 脂が乗ってとろとろっス!
が、が、がってん、しょう゛ぢぃぃぃぃぃぃ〜っ!』
耳に届くゲッパとドッパの声が、彼女を泣かしてしまっているのか。
確かに泣きたくなる気はする。
魔女殿は悪趣味だが、気が強く勝気なリコがここまで涙する程の事なのだろうか。
「リコ。どうして泣く?」
泣いている理由が判らなかったので、訊ねてみた。
訊ねると、リコはきっと顔を上げて俺を憎々しげに睨みつけた。
『お前なんかに判っか!』
ごつんと頭突きされた。
痛かった。
『お前みたいに何言ったってほげーんとしてる癖に実はエロエロでエロいフインキになってもしれーっとしたまま余裕たっぷりにしてる奴なんかに!
そんなバカもバカで大バカ野郎の上に頭のネジがどっか緩んじまってる奴にあちしがどんな思いで“枝折り”してきたかなんて判るはずねぇんだ!』
リコは泣きながら怒っていた。
一体いつ息継ぎをしているのかも判らないほど、勢い良くまくし立ててきた。
痛む顎をさすりながら、魔女殿をちらりと一瞥する。
俺が困った時や判らない事に直面した時、いつも魔女殿が教えてくれた。
魔女殿はワインを瓶から直接呷りながら、
「たわけ。見る相手が違うわ」
犬でも追うように小さな手をひらひらと振った。
見る相手が違う。
魔女殿の言葉に、俺は腕の中にいる彼女を見た。
『ああそうさそうだよ今までちんちん折るばっかでエロいフインキになっちまったらいっぱいいっぱいでリョージョクなんて一度も出来なかったさ!
第一店に来る奴らはどいつもこいつもロクデナシのクソ野郎ばっかであちしらをゴブリン臭いだの酒が汚いだの洞窟暮らしが不潔だなんて好き勝手言いやがってちっくしょう!』
とりあえずこの状況で、雰囲気をフインキと使い誤っている点について指摘するのは良くない。
気がした。
『どうせあちしらは人間と比べてなんの苦労もなく、毎日面白おかしく過ごしてるだなんて思ってんだろ!?
ふっざけんな!
ここに店構えっまで一体何回流れてきたと思ってんだ!? 他の魔物だってあちしらの味方なんかじゃねぇんだ!
他の群れに加えてももらえねぇ、どこに行ってもはみ出しもん扱いでひでぇ仕事ばっかり。見返りなんてこれっぽっちもねぇ!
そうさ。どうせあちしらははみだしもんさ。はみ出しちまっても生きてかなきゃいかねぇんだ!
いつまでたっても周りからバカにされねぇようにって、せめて一人前になれるよう、毎日毎日必死だったんだ!』
リコの絶叫を聞きながら、俺はじっと見つめて考えた。
彼女が今まで鬱屈したものを抱えてきたというのは判った。
ゴブリン種はもっと享楽的で、単純な性格をしていると聞き及んでいた。
リコを見てそう思えないのは、彼女がゴブ一倍苦労を積み重ねてきたゴブリンだからなのだろう。
『料金が高い? 吹っ掛けてる? ああそうさ! 吹っ掛けてるさ! でねぇと必要なもんだって買えやしねぇ!
ゴブリンだからって、はみ出しもんだからって理由で今までどんだけ足元見られてきたか!
人間なんて物だって売ってくれねぇ。あちしらの姿を見たら剣だの槍を掲げて追い回してくるじゃねぇか!
騙されねぇように人間の言葉覚えて、仕入れが出来ねぇから店で出すもん自分らで造って、なんとかかんとか今までやってきたんだ!』
リコの涙が意味する所を理解した。
悔し涙だ。
今まで不当な扱いを受け続け、感じた悔しさを溜め込んでいたのだろう。
溜まりに溜まったそれを、今吐き出している。
ぼろぼろと涙を流しながら、眉を逆立てて怒るリコの表情。
その顔を記憶に留めた。
怒鳴り散らして息が切れたのか、リコは肩で息をしながら俺を押しのけた。
ベッドの上で膝を抱いて、小さく縮こまってしまった。
『“枝折り”なんて言われてたのが、また半人前のはみ出しもんに逆戻りだ。
旅人襲ってリョージョク一つ出来ねぇ、小ゴブリンって言われちまうんだ。
そんなあちしがあいつらの姉ビンだなんて』
理由は判らないが、ゴブリン種にとって盗賊行為と陵辱はセットになっているようだ。
それは世間での体面としても作用する。
そういった文化なのだろう。
異文化とは、理解し難い体系で構築されているのが常だ。
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