簀巻きになっていた。
?
簀巻きになっていた。
「……」
部屋の片隅でうずくまって眠っていたはずが、俺は簀巻きになって床の上に転がっていた。
手首足首をしっかりと縛られ、さらに腕や脚をぐるぐる巻きにされてしまっている。
この状況に、驚きはさほどでもなかった。
俺の人生にとって、目覚めた時に簀巻きになっていたというのは良く起きる出来事だった。
ままありすぎて、ままならない。
床に伸びた自分の影を見つめて軽くため息をつくと、
「――ようやくお目覚めかい?」
声が聞こえた。
俺はごろりと床を転がる。
転がろうとした。
「おっと」
簀巻きにされた身体を踏みつけられて、動きを止められた。
声に聞き覚えがあった。
「“枝折り”?」
首だけひねって振り向くと、彼女の物と思われる髪の一部と角が、赤い炎に照らされているのが見えた。
「へっ。とんだニブチン野郎だなお前。寝てっとこふんじばってようやく目が覚めたのかよ。
拍子抜けだぜ」
踏みつけられたまま、靴のそこでごろごろと転がされる。
簀巻き状態の手も足も出なさというものをよくよく理解していた俺は、“枝折り”に逆らわずにされるがままに任せた。
前後に転がされていたおかげで、部屋の状況が観察出来た。
部屋にいるのは俺と魔女殿、“枝折り”とゲッパドッパソッパの六人。
就寝前に部屋の蝋燭の火を消した筈だが、再び灯され壁には松明が掲げられていた。
彼女らは棍棒や斧やナイフなどの武器を身につけ、俺たちを案内した部屋に集まっていた。
「よっ」
“枝折り”に軽く蹴り転がされ、ごろごろと転がった後壁に当たって止まった。
俺は脚を上げて縛り目を確認する。
独特の結び目はもやい結びと言う奴だろうか?
がっちりと縛り上げているものの、見事に行動の自由だけを奪っておきながらも息苦しくも無い。
素晴らしい簀巻き技術であると認めざるを得ない。
簀巻き一つにしてもちょッしたコツと慣れが必要で、魔女殿にされるよりも随分念の入った簀巻き具合だった。
思わず感心して頷いて、彼女らに転がって向き直った。
「おはよう」
俺の言葉に、
「夜遅くにようこそ? 岩の歯亭へ」
「お泊りですか? お食事ですか? それともご休憩ですか?」
「シシシ?」
子分の三人が答えた。
内容に違いは無かったが、その怪訝な表情から言葉に込められた意味合いは異なるのだろう。
そんな気がした。
“枝折り”は目を丸くした後、肩を落としながら角の根元を指で掻いた。
「……お前、ちったぁ暴れるなり抵抗するなり叫ぶなりしてみようって思わねぇのか?」
げんなりとした表情でそう促された。
俺は彼女の言葉を吟味する。
暴れ、抵抗し、叫ぶような状況なのか、よくよく考えた。
「……ミードだ。ミードを持ってくるのだ…濁っていようと澄んでいようと……構わん……」
これは魔女殿の寝言だ。
案内された部屋の苔生したベッドの上で、簀巻きになったまま今も夢の中で蜂蜜酒を呷っている。
いびきも歯軋りも寝言も、とっくの昔に慣れた。
「……これは…美味い……なんと甘露なミードで……あろうか」
高いびきと幸せそうな寝言を耳にして、小さく頷いた。
“枝折り”が言うように振る舞う理由は、一切見当たらなかった。
「何故?」
なので俺は彼女に訊ねた。
「何故って……大変だと思わねぇのかよ? 大変だーとか騒がねぇと、あちしらがつまんないじゃねぇか」
つまらないのは良くない。
なので努力してみる事にした。
「大変だー」
彼女は楽しんでくれただろうか。
じっと見つめていると、“枝折り”の顔が見る見る赤く湯だっていく。
むにむにと歪んだ口元から八重歯が覗き、小さな肩をいからせた。
「お前、あちしを馬鹿にしてんな? ゴブリンだからってバカにしやがって。ちっくしょうこの人間野郎が!」
『あ、姉ビン! 落ち着くでゲス! ガッチンは良くないでゲス!』
『ぶちゅっとなるっス! 潰れたトマトっス! ミンチよりひでぇっス!』
「シシシ!」
ごつごつとした棍棒を振り上げる“枝折り”に、子分たち三人がしがみついて必死に押し留めた。
自らの身体の半分はあろうかという石の棍棒を軽々と振り上げ、大小の男たち三人掛かりでようやく押し留めている。
同じゴブリン種で、しかも体躯的にも小柄でありながら、彼女が一番力持ちのようだ。
魔界にサキュバスの魔王が誕生して以後、世界中の魔物たちは活発化した。
魔王の持つ魔力が魔界からこの世界にも流れ込み、最もその影響を受けたのが女性だ。
一般に、サキュバス化現象と呼ばれる。
魔物の魔力や身体能
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