「すっかり日が暮れたのう」
「はい」
右手に握るククリで太い蔦や腰まである草を薙ぎ払いながら、俺と魔女殿は道無き道を進む。
一応獣道を選んで歩いているが、道などあってないようなものだ。
獣たちに踏み固められた地面が覗くのは蛇がようやく這える程度で、右に左にと曲がりくねっている。
両脇からは鬱蒼と草木が生い茂り、俺には腰程度の高さ済むが魔女殿にとっては胸元に近い高さだ。
念入りに切り落としながら進んでいるため、自然と歩く速度も落ちていた。
勿論、刃物を使っているので危険がないよう魔女殿とは距離を保っている。
腰に差した二本のククリ刀の内一本。
肉厚の平たい刃で、狭い獣道をばさばさと切り開いた。
見るからに重そうな外見だが、案外そうでもない。
材質が鉄ではなく何かの骨で、幅が広く湾曲した刀身には魔術文字が刻まれている。
貰い物に、魔女殿が細工を施したものだ。
骨から削りだした物だが、魔女殿のおかげか切れ味は抜群だ。
草だろうが蔦だろうが張り出した木の枝だろうが、何の問題もなくすぱすぱと切り落とせる。
もう一本にも魔女殿が取っておきの秘術を仕込んでくれたが、林にある獣道で扱うにはいささか不向きな代物だった。
「口が恋しいのう」
背後からさくさくと切り落とした草木を踏みながら、魔女殿が呟いた。
「残念ですが、ミードは切れました」
左右の茂みをすり鉢上に整えて、身体に当たりそうな張り出た枝を落としていく。
旅を初めた当初、林の木々を切り落とす事に抵抗がない訳ではなかったが、今ではそれも慣れた。
魔女殿曰く、
「林や森の木々は美しく育ち伸びておるように見えるか? それは一側面だ。
木々や草花といえども厳然たる生存競争に争いながらそこにある。それは熾烈な食らい合い、日の当たる場所を得るため押
し合いへし合いおしくら饅頭だ。
わしらが斬り捌き進むも、厳然たるその輪の内ぞ。木々草花にとって、我らと台風、旋風に何の違いがあろうか。
世界とは互いに理不尽に交錯する面がある」
だそうだ。
なるほどと納得して、以降は理不尽を行使した。
せめてこれから先、切り落とす草木に魔力が宿り魔物と姿を変えた時、理不尽を振る舞った相手が誰なのかを覚えています
ように、と願って。
俺はばっさばっさと切り開きながら、ふと背後の足音が聞こえなくなっている事に気がついた。
「魔女殿?」
振り返ると、魔女殿は腕を組んで俺を睨んでいる。
魔女殿の周囲で瞬く白い光があるので、月明かりを遮られた林の中でも大層ご立腹だという事が理解出来た。
「魔女殿、足が痛みますか?」
立ち止まっている理由を訊ねてみた。
「そうではない。わしは口が恋しいと言うたのだ。ぬしの頭から出てくるものはミードだけか?」
魔女殿は恋しいと言うくだりで、妙に唇を尖らせた。
指につけた蜜を舐めるように、ちゅっぱちゅっぱと音もたてた。
魔女殿に蜂蜜酒。
これほどぴたりと符合するものは、他に思いつかなかった。
「……エールですか?」
まさかと思いながら訊ねてみた。
酒が切れて、とうとうエールに宗旨替えを?
魔女殿はにっこりと笑って、足元に落ちていた木の枝を拾った。
「たわけ」
【赤き舌よ】【腐れよ】【委ね散れ】
三重詠唱。
魔女殿の手の中にあった木の枝は、握り締めた手から吹き出た炎に焼かれて溶けた。
一瞬で蒸発してしまい、炭も残らなかった。
炎の魔術を使うのは怒りのジェスチャーで、魔女殿の怒りが危険域に達しているという目安。
やはり蜂蜜酒からエールヘの宗旨替えはあり得なかったようだ。
座った赤い瞳が俺をじっと見据える。
俺はそれを見つめ返す。
この状態の魔女殿から、目を逸らしてはいけない。
視線を外した瞬間に、傷害の魔弾で撃たれる事を経験上理解していた。
傷害の魔弾は種枯れの呪いのような後遺症もなければ、命を奪うような魔術でもないが、当たればとにかく痛い。
とてもとても痛い。
お仕置き用の魔術の一つだ。
「……」
「……」
優しい眼差しとは異なり静かで冷たい魔女殿の怒りを背筋に感じながら、俺は答えを模索した。
気まぐれな魔女殿が求める答え。
恋しいと言う言葉。
蜂蜜酒でなければ勿論エールでもない、口で求めるもの。
!
俺の頭の中で、何かがぴたりとはまった気がした。
恐らく間違いはない。
これこそ魔女殿が求める答えだ。
俺は確信を得ながら、言葉を舌に乗せた。
「ワイン――ですね?」
赤葡萄を絞って樽に詰め、長い月日をかけて熟成したワイン。
魔女殿は基本的にミードを好むが、同時に葡萄酒も嗜む。
ミードと
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