水を汲み終えた後、俺たちは朝食の準備に取り掛かった。
当初、水汲みを手伝ってもらったので俺が料理を振る舞うつもりだったが、リコは頑なにそれを拒んだ。
『お嬢はこう言ってるんでさぁ。旦那と二人で料理したいってね』
ゴブリンの舌に合うものを作ると言い張っていたリコの主張に、ソッパが注釈を加えた。
『そうでゲス! 若い二人の初めての共同作業でゲス!』
『変わらぬ支援を約束するでガス!』
『あああああんたらぁ!』
真っ赤になったリコは子分たちを追い掛け回し、なるほどそういう意図があったのかと納得した。
落ち着いたところを見計らい声をかける。
『リコ、初めての共同作業をしよう』
『や、やめろよー。そーいうのやーめーろー』
リコは子分たちから俺に標的を変えて、照れながらぽかぽかと叩いた。
俺はべこべこにへこんだ。
『悪ぃ。ほんと今のはあちしが悪かった』
『いや。気にしていない』
立っていると自然と身体が斜めになってしまうが、それ以外でこれといった支障はなかった。
焦ると言うよりも引いていたリコをなだめ、二人の手料理が病人食になりかけたりしたが、とにかく俺たちは厨房に並んで共同作業を始める。
献立はリコと食材の確認をしながら決めていく。
「芋、芋、芋……丸緑っと後はキノコだな」
「その丸緑はキャベツという名だ。黒米、麦。小麦粉は残っていないな」
「エムビーがいない間派手に使ったかんなぁ。パンうまかった」
「塩漬けは残っているな」
「うげー。カブなんて食えたもんじゃねぇ」
「好き嫌いは良くない。このチーズは?」
「そりゃあちしが作ったんだ。作り方は内緒だかんな」
「何故?」
「チーズの作り方、味はそれぞれの家で違ってて、教えるようなもんじゃねぇからだ。悔しかったらエムビーも自分だけのチーズを作ってみろ」
「そうか。作ってみる」
食材を引っ張り出しながらの会話は王国語を用いた。
ゴブリン語で会話していると子分たちにまで内容が筒抜けになり、冷やかされるのではないかとリコの方から言い出した。
照れ屋なのだなと感想を述べると、リコは笑顔で拳を作って見せた。
俺は殴られる前に朝食に使う食材を仕分けていった。
「俺は主食のグリュエルを作る」
穀物を大目の水で炊いて塩で味付けした、ここで良く食べていた粥だ。
「じゃあ、あちしは野菜を炒めっかな」
リコは手馴れた様子で包丁を握り、炒め物に使う野菜の皮を剥き始めた。
「チーズも使うのか?」
「最後に、ちょっと炙って乗っけんだ。うめぇぞ」
「期待する」
「へへ。期待しろ」
釜に火を入れながら、彼女の笑みに期待を募らせた。
しょりしょりと芋の皮が向けていく音を聞きながら、火にかけた鍋をじっと眺める。
料理の基本は何よりもまず根気で、それは俺にも備わっていた。
少しずつ煮立っていく鍋の底で、麦たちがことことと踊り始める。
リコは包丁で芋を薄く細く刻み、キャベツは一枚ずつ葉を剥がしながら手で千切っていく。
料理を始めれば、お互いの手元に集中する。
「塩取ってくれ」
「判った」
だが、お互い会話がないわけではなかった。
「あちしらがここにいる間、どこほっつき歩いてたんだよ」
「森をほっつき歩いていた」
「森ねぇ……アルラウネの蜜の匂いにふらふら寄ってたりしなかったか? もしくは、ハニービーの巣穴にうっかり入り込んだりは?」
「まるで俺が終始注意散漫なような質問だな」
「違うってか?」
「集中力には自信がある」
「もうちょっと周りも見ろ。そういう事なかったか?」
「そういう事はなかった」
「そうか。そりゃ安心だな。じゃあどういう事があったんだ?」
「遺跡に眠る財宝を探したり、姉妹喧嘩に首を突っ込んだりした」
「良くわかんねぇけど、ややこしい事になってたってのはわかった。目ぇ離すとすぐそれだ」
「面目ない」
「ま、いっけどよぅ――いや、よかねぇ。あちしの目が届かない場所にいく時ゃ、ちゃんと説明してからにしろよ」
「判った」
「世話が焼けっよ」
「狐色になったらひっくり返してくれ」
世間話のような、言葉遊びのような。
俺の返答が的を外れていたのか、リコはくすりと穏やかな笑い声を漏らした。
「バーカ」
それは知っている。
リコの優しい罵り声に内心同意して、胸の奥に何か温かなものに気がついた。
気がした。
釜の中でくべた薪がぱちぱちと爆ぜる。
漏れ出した熱気が冷えた朝の空気も暖めていく。
差し込む陽光は少しずつ強さを増していく。
食堂で待っている同居人たちはソッパの目が行き届いている為か、静かで行儀が良かった。
「卵や肉も食いてぇなぁ」
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