─求不得苦─
欲しいものが手に入らないことによる苦しみ。仏教における八苦の一つ
ひー君は普通に仕事に行っちゃった。私の檻の中にずっといてほしかったのに・・・。ひー君が帰ってくるまではあと・・・25148秒(6時間59分8秒)かぁ。寂しいなぁ・・・。
ポツンと一人残された家のなかで、自分の体で出来ることを研究してみる。
この檻は念じればその通りに動くらしく、複雑な形でも難なくできた。
服装も同様で妄想が可能ならば、もちろん体型も含めて何にでもなれた。
デフォルトの服装は死装束が焼け焦げたような黒い着物で下半身は完全に焼失して露出しているという破廉恥な格好だ。今日の朝もひー君は目のやり場に困っていた。
恥ずかしがることなんて無いんだよ♪
私の体はひー君の見世物なんだから。
ふと、辺りを見回すとひー君が使っている枕が目にはいった。
・・・
・・・・・・
グヘヘ・・・、
私はひー君の枕を顔にギューッと押し付けて思いっきり鼻で空気を吸い込んだ。
「すぅぅぅ───、ぉほぉっ
#9829;」
低い唸り声と共に愛液がビチャビチャと音をたてて檻の上に落ちる。
ひー君の匂いが鼻腔を貫いて私の潰れた肺を駆け巡り、ぐしゃぐしゃの脳味噌の末端まで快楽信号を送り込む。
一度吸い込んだだけでこの破壊力
#9829;
ひー君の枕でさえ劇薬、しかも中毒性マックスだなんて───
─でも、それでも、抱き合って、素直に愛し合って一緒に絶頂した、あの心地よさには到底及ばない。
「はぁぁぁ
#9829;ひー君、好きぃぃ・・。」
吐いた息に混じって想いが溢れる。
ま、ひー君の残り香で色んなモノが少し満たされたのは確かだ。
─────
気分の良くなった私は私が肉体を失ってから、ひー君と私の家がどんな風に変わったかを調べてみることにした。
「嬉しい、殆ど変わってないよ。ずっとひー君も寂しかったんだ。あは─アハハハハハハ!」
テンションが上がったせいで終止笑いが出るようになった。
「ひー君のー秘密はーターンースーのなーかー♪」
変な歌にのせてタンスを御開帳──え?
「なに…これ?」
くたびれたノートが一冊出てきた。
「読んでも、バチは当たらない?」
質問を空に投げ掛けて、帰ってくる筈の無い答えを待たずにページをめくる。
「おぇ・・・、」
吐き気がして、ノートを閉じる。見るんじゃなかった。
秘密じゃなくて、闇を見た。
そうか、ひー君は私のせいで苦しんでいたのかもひー君の事、何も分かってなかった・・・。
『知らなくて良い事は知らなくて良い。』
生きてた時の私にひー君が言ってたとこだ。
「なにやってるんだろ・・。」
それ以上は何もする気が起きなかった。ただ、ただ、外を眺めていた。
当然、ソレは目に飛び込んでくる。
ラブラブの若いカップルが!
おしどり夫婦が!
ヨボヨボになっても二人で手を繋いでる老夫婦が!
甘酸っぱくて、つい応援したくなる様なチャイルドカップルが!
野良猫の交尾が!
愛の歌を囀ずる小鳥たちが!
あぁ、あぁぁぁ!なんで、こんなに腹が立つの!?妬ましいっ!羨ましいっ!
私だって、私とひー君だってぇぇ!もっと、もぉぉっと、ラブラブしてますよっ!
いいえ、世界一ラブラブなのは私たちなんだからっ!
「私だって、仕事中のひー君と人目を気にせずイチャイチャしたいし…。」
「私だって、寄り添って末長く幸せで居たいし…。」
「私だって、ひー君の一つ一つの動作を見てドキドキしたいし…。」
「でも、獣みたいに理性の欠片も無く堕ちてしまいたい。でも、ただひたすらにひー君の愛を語りたい。」
それが、今、叶わない。
遠い、遠い火葬の記憶がよみがえる。
叫ばないとアタマ、オカシクなる。
さみしい。こわい。ひとり、ぼっち。
あつい。こわい。こわい。くらい。ひとり、ひとり、ひとり、ひとり、ひとり───
ひー君が欲しい。今すぐに。
─────PM6:24
「ただいま・・・、どした?玄関の前で佇ん───」
ガシャン!!
「─え?」
「お帰り、おかえりなさい!!ひー君!!なんで私をひとりにしたの!?ねぇ!信じられないっ!!なんで!?なんで!!?」
ひー君の社会的欲求なんて知ったこっちゃない。
最初からこうすればよかった。
この檻はひー君を護るために有るんじゃない。
この檻はひー君を閉じ込めるために有るんだ。
「なんでって・・・、俺には守らないといけない社会性って物が──」
「そんなもの、無いっ!」
「なっ・・・、大丈夫か?なぁ、さっきから様子が変だぞ?お、落ち着けって・・・。」
イヤだ。落ち着かない。決めた。ひー君を何処にも行かせない。
でも──
私はわざとらしく深呼吸をした。
「─OK、落ち着いたよ。ねぇ、ひー君、大事な話が有るの。絶対にひー君に言わないといけない
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