─怨憎会苦─
八苦の一つであり、会いたくない者と会ってしまう。もしくは、会わなければならない苦しみのこと。俺の場合は・・・、間悲喜冷苗──5年前に心中未遂を図った俺の大切な人、か。
『不死者現る!?真夜中の発砲事件』
発端はこのネットニュースだった。嘘臭い内容だと思っていたのだが"何か"が引っ掛かり俺はその事件を調べた。
要約すると、発砲したのは巡査官であり、不審な女を発見したため声をかけた。だが、女はそれを無視して「名前」をひたすら連呼していたらしい。不運にもそこに名前の主が現れてしまったのだ。理由は分からない。
女はその名前の主に奇声を挙げて襲いかかり名前の主を組伏せた。当然、巡査官は制止を呼び掛けた。まるでゾンビの様に名前の主の首を噛みつこうとした時───発砲した。
全6発のピストルを全て女の体に命中させたのだ。
それでも、まるで何も無かったかの様にケロッとしており、名前の主を担いでどこかに行ってしまった。
ここまでだと死者の蘇りを恐怖するだけで済む。
しかし、一度興味をもてば満足するまで知ろうとするのが人の性である故、名前と女の関係を調べた。
『二人は恋仲で女の方は事故で死んでいた』
戦慄が体を駆け巡り、恐怖が胸を刺し、腹の底で吐き気が這いずり回った。
もしも、彼女が甦れば、俺はどうなる?
心中未遂で死んだ彼女は孤独だったに違いない。
ならば、彼女が成そうとすることはそう多くない。
──殺される!俺は、彼女に殺されて、死してなお彼女に殺され続ける!
「死にたくない。」
それが俺の本心であった。
─────
わたし、って──なんだっけ?ひー君?おぼえてる。わたし、の大切、な人。
わたし、は?ひー君に、大切、に、されてた????
おぼえて、ない。わから、ない。
ひー君、大切な人
ひー君、わたし、の存在意義。
お墓の外?
声が、聞こえる。
ひー君の声──あぁ、そうだった、私はひー君と一緒に居たかっただけなんだ。それなのに、こんなことに?
ごめんなさい。
ねぇ、ひー君、会いたいよ。
ねぇ、ひー君、抱きたいよ。
ねぇ、ひー君、愛されたいよ。
ねぇ、ひー君、寂しいよ。
ねぇ、ひー君、ひー君、ひー君───
一 緒 に 居 て く れ な い キ ミ が と っ て も 憎 い よ 。
生きているひー君が、憎い。
私と一緒に居てくれないひー君が、憎い。
金曜日にお参りに来てくれるひー君が、憎い。
一週間の思い出を語って退屈させないように心配りしてくれるひー君が、憎い。
ひー君の優しさが、憎い。ひー君の愛が、憎い。ひー君が私にすること全てが、憎い。
だって、ひー君は私が見えてないから。
だって、ひー君は私が聞こえてないから。
だって、ひー君は存在しない私に向かって優しさを無駄遣いしているから。
独占したい?
違う、
私がひー君になりたい。
ひー君を私にしたい。
全てが後の祭り、それでも私を─一時の激情に駆られて、結果、死んだ私を未だに愛して止まないひー君が!とぉっても!憎いんだ!
ひー君!君のせいで私の心は蝕まれているだよ!
ひー君!君のせいで私は私を見失いつつあるんだよ!
ひー君!死して尚キミへの愛がわいて出てきて苦しいのは、他でもない──
ひー君!キミのせいなんだ!
ひー君への愛が、憎悪が、嫉妬が、私を作り替えていく。
魂を這いずり回るひー君への愛憎が私を燃やす。
気が狂いそうな程の熱さは全部ひー君のせい。
でも──
でも、まだ、足りない。物足りない。ねぇ?ひー君、散々私を乱してくれたキミなら…
新しいワタシを完成させてくれるよね?
────
俺が事件を調べた事を後悔して、最初の金曜日が訪れた。
明日は仕事が休み、カウンセラーとして会社に勤めているが、未だにこの会社が何をしているか分からない。ただ、時折、女性社員が嫌に熱の隠った視線を向けてくるときがあり、その度に命の危険にさらされている気がする。
「ヘヘヘ、冷苗、元気にしてたか?最近、冷えてきたから、風邪ひくなよ?」
何回目だろうか、もう覚えちゃいない。
お酒が好きな彼女の為に今日も缶ビールを開けて墓石の前に置く。
「今日も、思い出話だ。なぁ、先週の後輩と先輩の恋に進展があったんだ。なんでも───」
楽しげに、哀しい独り言を始める。彼女が聞いてくれていたらソレでいい。だが、それだけにしてくれと願う。甦ってきてくれるなと強く願う。
でも、俺が願っても/もう遅いよ、ひー君♪
──────
「こんばんは」
ひー君に声をかける。
「こんばんは」
ひー君は返してきた。私の声は遂にひー君に届いた。
「さぁて、帰るか。」
話を切り上げてひー君は帰ろうと振り返る。
「・・・。」
私を見て硬直する。焔と化した私はは遂にひー君に見られた。
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