――――黒須中学剣道部、全国大会優勝!
会場でその光景を目の当たりにした瞬間、影藤理沙子(かげとう・りさこ)の胸は嬉しいような誇らしいような温かい気持ちで満たされた。見事優勝を勝ち取った剣道部部長、剣道雄(つるぎ・みちお)は、理沙子の家の近所に住み、小さいころからなにかと世話を焼いてくれた上級生。そして彼女がほのかな思いを寄せる憧れの人なのだ。
その興奮冷めやらぬ翌日の月曜日。朝の身支度を念入りに済ませた理沙子は、試合の時は声かけられなかったけど、絶対にお祝いしなきゃ! と決意してランドセルを背負うと、足取りも軽く通学路へ足を進めた。
澄み渡った夏空から彼女を祝福しているかのように暖かな日差しが降り注いでいる。
ほどなくして前方に見知った後姿が飛び込んでくる。十把一絡げの学生服姿の中に埋もれていようと見間違えようはずもない、剣道雄その人だ。
勇んで駆け寄り、全国大会優勝おめでとうございます! と声をかけようとした矢先、理沙子の目に信じがたい物が映る。彼と同じ黒須中学生徒であることを表すブレザー姿の、道雄と親しげに言葉を交わす女生徒の姿に彼女の足取りはたちまち重さを取り戻し、あいさつのタイミングも失ってしまう。
「あ、リサちゃんおはよう!」
「おはよう、ございます……ぜ、全国大会優勝されたんですよね、おめでとうございます」
背後の気配に気づいた道雄が先んじて声をかけてくれたが、理沙子にできたのは必死の作り笑いと、どうにか絞り出せた祝いの言葉を伝えることだけだ。
「ありがとう、リサちゃんも遅れないようにね」
小学校の校門を抜ける理沙子の背に狙いすましたかのように届く「あの子誰?」「近所に住んでる子なんだ」という残酷な言葉。彼らと別れた後、朝の晴れやかな気持ちはすっかりしぼんでしまっていた。
それからというもの彼女は、学校で指示されても気づかない、体育でボールの直撃を食らうなどの些細なミスを連発し、傷口へ塩をすり込まれるようにドツボにはまってゆく。
目に見える落ち込みぶりを友人に心配されつつも、どうにかこうにか放課後を迎えて帰宅した理沙子は、自室のベッドで枕に顔を埋めてふさぎ込んでいた。
(考えても見れば当然だよね。道雄さんかっこいいもん、彼女くらいできてたっておかしくないよ……)
ゆっくりと心の内で育んだ数年越しの淡い思いを他の女の存在と「近所に住んでる子」の一言で切って捨てられた痛みはいかほどのものだったのだろう?
齢11歳という思春期に足をかけた少女の繊細な心はヤスリ掛けされたように傷つき、あふれ出る悲しみに濡れていた。
「理沙子―、お母さん用事で出かけなくちゃいけないから代わりに夕飯のお買い物行ってきて頂戴」
そこへ飛び込む母の声。渋々階段を降りた理沙子は、涙をごまかすために洗面所で顔を洗い髪を整え、トレードマークの眼鏡をかけなおしてお使いへ出かけた。
一見普段通りだが、頭頂でアンテナのように跳ねる癖っ毛も、心なしか萎れて見える。
朝とは打って変わって空を分厚く包み込む、一雨来そうな程どんよりとした雲が暗澹たる彼女の心持を表しているように感じられてならない。
□□□□
頼まれたものを一通り買い揃え、家路につく少女は道すがら奇妙なものを目にした。
この近所では珍しい占い屋だ。それもきちんとした店舗ではなく、屋台のように道端に椅子と机を持ち込んだ占い師が営む小規模なものである。
「そこの可愛らしいお嬢さん、ちょっといいかしら?」
真っ黒なローブに身を包んだ女占い師の声を耳にして、理沙子は従う以外の行動が取れなかった。料金表に書かれた値段は充分手持ちの予算で賄える範疇だったが、普段ならこんな胡散臭い店にお金を落とすような無駄遣いなど決してしなかっただろう。
にもかかわらず従わざるを得なかったのはその声色とフードの奥から覗く、抜けるような美貌に同性ながらハートを撃ち抜かれてしまったからだ。
女の理沙子でさえこうだったのだ、世の男が相手なら誘蛾灯に群がる羽虫のようにダース単位で引き寄せられ、いいカモにされていただろう。
「貴女、恋の悩みを抱えているわね?」
「え?」
「相手は年上、そしてすでに付き合っている相手がいるかもしれない……違うかしら?」
「な、何でわかったんですか!?」
ズバズバと悩みを言い当てられ、理沙子はすっかり相手を信用して胸襟を開いてしまう。
その顔つきから西洋人だと思しき、TVや雑誌で見かけるモデルやアイドルが一山幾らのジャガイモにしか見えなくなってしまいそうなほどの美貌の占い師に手を取られ、少女は頭が綿菓子にでもなったかのようなぼんやりとした気持ちで言われるがままに淡く切ない恋の悩みを吐露していた。
「――――そっか。……ねえ理沙子ちゃん、絶対に恋がかなう素敵なお
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