サバトが街にやってきた!

 勤務時間終了のベルが鳴る。
 今日も街の様々なトラブルや婚姻書の届けを沢山処理した。日を追うごとにこの街の人口は増えていき、誰かが結ばれて、子供が誕生している。
 人間と魔物が共存するこの街では主にそっちの方の仕事が多い。ご結婚おめでとうございますの言葉を今日だけで何度言った事やら。しかし婚姻書を持ってくる新婚夫婦の姿はどれもが幸せに満ちていて、この仕事を選んでよかったと思うものだ。
 ベルが鳴ったと同時に俺は資料に走らせていたペンを置いた。

 「レーイくんっ」

 さらに同時に先輩から声をかけられる。外見は強面で、路地裏にでも遭遇しようものなら身包み全て剥がされてボッコボコにされそうなのだが、性格は気さくでいい人だ。そんな先輩が笑顔でこちらを見ていた。

 「はい、なんすか?」
 「今日さぁ、ちょっと寄ってかない?」

 先輩は親指と人差し指で繋がっていない輪を作ってくいっと先輩自身のほうへ動かした。
 その動きが意味する事、つまりは……帰りに呑みに行こうぜという誘いだった。今までも何度かそういう呑みの誘いを頂いているのだが―――。
 背後でパシィッという革の音が聞こえた気がした。
 当然幻聴だ。幻聴なのだが、これは身体に染み付いた警告なのだ。身体に染み付いたそれを俺自身が消そうと思った事は……まぁ、ないのだが。
 とりあえず、ありがたいお誘いなのだが丁重に断るしかない。

 「すみません先輩、嫁には真っ直ぐ帰るように言われてまして……」

 既に俺には愛すべき妻が居る。もう結婚してから一年は経つのだが、夫婦になる前の恋人関係から俺と彼女、ローズマリアとの上下関係は完全に彼女が上である。反論しようものなら即調教……もといお仕置きタイムが始まってしまうのだ。ローズマリア曰く「愛してるからお仕置きしているのよ♪」との事だが……。
 それもまた、俺にとっては嫌じゃないと……いうか……なんというか。
 俺の言葉に先輩は眉を動かしてから、

 「いいよなぁ幸せモンは。帰ってきたらおかえりなさいあ・な・た♪みたいに言ってくれる女が居るんだからさァ」

 …………また始まった。
 魔物娘が街に大勢居るのに何故か全くそういう話を聞かない先輩は未だに一人身だ。どうしてなのかはよくわからないが、それを聞いたら何となく面倒な事になりそうなので聞いていない。
 ちなみにウチの妻の場合「おかえりなさいあなた♪」なんて絶対に言わない。
 「おかえり、愛奴隷さん♪」ぐらいが関の山だ。一度もそんな事言われた経験はないが。

 「いやそうじゃないんすよ……。同じ時間に帰らないとどんな事されるかわからなくて」
 「ウチもそうですけど、わかってくれますよ」

 突然割って入ったのは同期のアイン。彼は入社する前に結婚しているのだが、確か嫁さんはアヌビスだった気がする。アヌビスと言えば規律に厳しい種族だったはずだ。

 「でもお前の嫁さんはアヌビスだろ? それこそ許してくれないんじゃないのか?」
 「まぁな」

 しかしアインはニヤァ、といやらしい笑いに。

 「でも、ウチのワンちゃんは聞き分けがいいんだ♪」
 「ワンちゃんって……」

 アヌビスにはとてもではないが似合わない言葉だ。間違えてワンちゃんと呼んだらどんな妖術を使われるかわかったものじゃない。そんなアヌビスと結婚している者だからこそ言える余裕なのだろう。
 そんなアインも先輩の援護を開始する。

 「だからさ、レイも行こうぜ?」
 「良くぞ言った隊員一号!」

 アインの言葉に先輩は腕を組んでうんうんと頷いている。
 確かに妻の事も大切なのだが、職場関係も大切なのだ。俺だって社内では仲良く先輩やアインなどに勤務したい。したいの……だが。
 また背後からピシィッ、という幻聴が聞こえた。しかも高笑いつき。

 「先輩も知ってるでしょう? ウチの妻はダークエルフなんですから……」

 妻と夫。ご主人様と愛奴隷。
 つまり俺たちの関係はそういう事なのである。愛奴隷である俺はご主人様のローズマリアに絶対服従が鉄則だ。それは恋人同士になってから変わらない事であり、覆る事はない。結婚し、同棲してからというものの、それが特に強烈になって…………いるのだが、まぁ、嫌じゃ、ない。

 「そこはアレだよ、男のパワーを見せ付ければ……」
 「おいこら社内で腰振んな」
 「相手がダークエルフであろうと、そこは男としてドンと言ってやるモンだろう!」

 先輩の言った通りローズにドンと言ったら鞭で百叩きの刑なんだけどなぁ……。
 それが死ぬほど気持ちいいなんて口が裂けてもここでは言えないのだが。

 「いや……でも……」
 「つべこべ言わずにさっさと着いてこい隊員二号!」
 「ま、たまには付き合おうぜ?」

 先輩はさっさと先へ
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