死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
「はぁッ、はぁ、はぁッ……」
あのまま僕が怖い人に連れて行かれたらどうなるか、想像するだけで叫んでしまいそうだ。
僕を人間として見ていない、見下したようなあの視線が怖かった。
がむしゃらに暴れて抵抗して、一歩でも多くあの人たちから逃げたかった。
「はぁ、はぁ、は、は、はぁッ」
それは神様がくれたたった一度きりのチャンスだった。両手足を縛って大きな袋の中に入れられた僕を乗せた馬車が、馬の悲鳴と同時に止まった事。そして僕を運んでいた男達が次々といなくなっていった事。
何があったのかなんてわからないし確かめるなんて恐ろしくて出来なかった。
真っ暗な袋の中で精一杯もがいて、両足を縛っていた縄がほどけてから滅茶苦茶に動き回って、その時馬車から落ちた。同時に袋から出られたから逃げ出した。
あてなんて一つもなくて、僕が一体何処へ向かっているのかもわからなかった。もしかしたら僕が運ばれていく予定だった場所へ行っているかもしれないから、馬車が向かおうとしていた場所へは行かずに、かと言って僕が住んでいたあの村へも戻れない。僕はお父さんとお母さんに、モノとして売られたんだから。
「は、は、はッ、はッ、ハァ……ッ!」
もう随分長い事走り続けている気がする。走り続けてから一度も止まらないままだった。
一度休憩したかったけれど、その間あの人たちが僕を探しに来るのではないかと思うと僕の足はずっと走り続けようとした。
胸が苦しい。さっきから呼吸の間隔が短くなっている。
お腹が痛い。ずっと何も食べていなかったからキリキリと痛み出している。
汗が止まらない。水も飲まずに走っていて、口の中が乾ききっている。
「はッ、はッ、はッ、はッ、はッ!」
それでも止まらずには居られなかった。
何処までも続いていく森をずっと、ずっと。
今度捕まれば、もう僕の命はないだろう。ただそれだけで僕に残っている全ての力を使って走っていた。
そう言えば、これだけ走っていても魔物一人いない。ハニービーやホーネット、グリズリーなどの森に住んでいそうな魔物たち。
彼女達に見つかれば、どうなってしまうだろう。
…………また僕の中にもう一つ恐怖の種が増えてしまった。
「は、はぁ、は……うわぁッ!?」
足が棒みたいになって、もつれて転んだ。両手は縄で縛られたままだから受身すら取れずにそのまま。
「はぁ、はぁ……ん、はぁ……」
幸い何処も痛くない。
曇った空を見ながら、大きく胸を上下させて荒くなった呼吸がどんどん収まっていく。
疲れた。
一体どれだけの距離は走ったのかわからないけれど、こんなに走った事なんてなかった。
「…………はぁ……はぁ」
呼吸が元に戻ったら、次は喉の渇きが襲ってきた。
汗まみれになった僕の服が気持ち悪い。今すぐお風呂に入って新しい服に着替えたい。
……でもこんな森の中で服なんてあるはずがない。
それならせめて、川か湖に飛び込みたい。
熱くなった僕の身体と汗を冷やしてくれるなら、なんでもよかった。
「…………?」
ゴロゴロ……という音が聞こえた。
空?
そう思った瞬間、僕の顔に一滴の水が当たった。
次第にそれは次々降った。
「…………はは」
なんでもいいとは思ったけれど、まさか雨で身体を冷やす事になるなんて。
「はは、ははは……っ」
倒れたまま僕は雨に打たれ、口を開けて飲んだ。水分を欲しがっていた僕には雨が天然の恵みのように感じた。身体も冷えていく。
…………そろそろ、行かなくちゃ。
けれどもう走る事は出来そうになかった。足が棒のように固まってしまって歩く事しか出来ない。
「…………あぁ」
雨に打たれながらあてもなく歩く僕。
僕はこれからどうなってしまうのだろう。
このまま、飢えで死んでしまうのかな。
嫌だ、な……。
「はは……ははは……」
なんだかおかしくなってきた。
面白い事なんて一つもありはしないのに、僕は笑った。
いや、違う。
もう笑うしかなかったんだ。
「ははは、はははは……ッ」
そうだよ。
そうだったんだ。
「はは、僕があの人たちに連れて行かれて死ぬ事じゃなくって」
このまま歩き続けて飢えで死ぬ事でもなくて。
「売られた時に、僕はもう……死んでいたんじゃないか」
売られた時点で僕の未来は決まっていたんだ。
僕はもう、死ぬしか…………ないんだ。
「はは、ははは…………」
僕は死ぬ。
このまま死ぬしかない。
死ぬ以外に道がないんだ。
「はは…………は…………う、う……」
それでも。
「う、うぅぅ……」
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