日が沈み夜の闇が深くなった頃、とある国の繁華街の裏通りで男女二人が歩いていた。男性の方は人間であり、その隣で男の腕に抱き着いている女性は人間の姿に似ているが、耳と尻尾が生えていた。魔物娘と呼ばれる彼女たちは娘という言葉が付く通り性別は女しかいない。そんな彼女たち魔物娘は様々な種族が居る。例えば今二人の世界に入ってこれから宿屋で愛を確かめ合う予定の彼女はワーキャット。ゴロゴロと喉を鳴らして、甘えながら歩いている。
魔物娘との共存によって繁栄しているこの親魔物国家では珍しくもない光景で、なんなら表通りでも魔物娘の姿をよく見かける。生涯の夫を探していたり、深夜のデートをしていたりと様々。
ワーキャット夫妻はデート中に気分が盛り上がり、裏通りにある宿屋へ直行している最中だった。今にもコトを始めてしまいそうな程の空気で、そんな二人を見つめる視線には全く気付かずにすれ違う。
視線の主は闇に溶け込む程の黒い髪が手の入っていない樹木のようにぼさぼさになっている。彼女もまた魔物娘で、種族はサキュバス。人間と酷似した姿をして角と尻尾、そして腰から翼が生えている。非常に好色な種族であり、獲物と決めた男性を性的に捕食してしまう。三度の飯よりも相手の男性とセックスをする事が何よりの喜びとしているのが特徴。
しかし彼女はただのサキュバスではなかった。
怠惰を極めた。その気もなかった筈なのに極めてしまった。
衣服や化粧、お洒落という概念を何十年も前に一度やったきり、諦めてしまった。
干物だった。そんなものになろうとした訳ではなかったのに、干物になってしまった。
親の"そのうちいい人が見つかる"という発言が、彼女の免罪符となった。
起きる、飯を食う、寝る、飯を食う、入浴する、寝る。そんな生活が当たり前になり早数十年。
心優しき両親の施しを受け続けていた彼女の中に眠るあるものが、恐るべき姿へと変貌したのだ。
理性など、これまで横着に過ごしていた彼女にはあってないようなものだ。魔物娘でも特にサキュバスの場合は特に強く積もり続けていく、そのアイデンティティとも呼べる欲求。
──セックスがしたくて、堪らなかった。
誰でもいい……とにかくこのだらしのない怠惰の権化のような肉体に宿る、溶岩のように煮えたぎった性欲を受け止めて欲しかった。
そう、誰でもよかった。
しかしながら、偶然通りがかった一人の男性は、サキュバスをまるで怪物や幽霊か何かと勘違いして逃げてしまった。
そこで彼女の理性は多少回復した。
何故悲鳴を上げられた?
己の身体を改めて──とても久しぶりのように感じた──見下ろす。
胸、そして鼠径部と尻を強調するセックスアピールに適した、露出の激しいビキニのような衣装。それに乗っている肉という肉。胸肉も、尻肉も、腹肉も。
……ぽっちゃりしてきたなぁ。
鏡に写る自分の身体を見て、最初にそう思ったのはいつだった? ぽっちゃりしてきた、それを認識していながら対処をしてきたか?
答えは目の前にある。彼女は恐る恐る自分の腹に手を伸ばした。誰にも揉まれた事のない大きな胸で足元が見えていなかったが、胸の下には、しっかりと、つまめるだけの腹肉があった。続いて太ももを揉む。ぐにゅう、という感触。では尻は? ……もはや言わずもがな。
泣けてきた。
いや、もう泣いていた。
誰が悪い? 自分だ。
怠惰の積み重ねは年月だけではなく、肉体にも起こっていたのだから。それを全く気にしなかった。むしろ忘れようとしていた。
そしてその答えがこれだ。積もりに積もった性欲を受け止めて貰える男性が逃げた。怯えるように、恐ろしいものを見たように。
実際問題、深夜にいきなりこんなものを見ては悲鳴を上げるというものだ。
悔しさと自分憎しで、涙は零れ続けた。
声を上げて泣いた。こんな肉体をした女が、大声を上げて泣いていれば誰も近づこうとはしないし誰も止めなかった。
考えが甘かったのだ。性欲に身を任せて夜に飛び出せば、きっと好みの男性が見つかると。何せ母親はそうして相手を見つけ、今でも仲睦まじくお互いの性器をまさぐり合っているのだから。しかし、当時の母親と自分では違う。逃げられ避けられ、一人で号泣している。
情けないとわかっていても、どうしようもなかった。この悲しい気持ちが少しでも晴れるまで、泣きたいという感情に任せていた。
それからやっと涙が枯れた頃、二人の男性が現れた。
……気付けば、欲求を口走っていた。
ちんちん触らせろ。
懇願でもなく、命令してしまった。
すると彼女と目が合った一人の男がもう一人の男をかばうように──と言うよりもむしろ見せないようにしていたかのように見えた──立ちふさがってみせたではないか。
二人して逃げるのでは
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