綺麗に掃除されている境内は、しかし人気が全くなかった。忌山神社を参拝する者はもう殆どいないのか、それとも存在を知らないのか。ひっそりとした佇まいの神社は、何処か異様な雰囲気を発していた。
紗枝子は知らないが、ここで実際に人間を喰らう大百足が住み着いていたのだ。夥しい量の血がここで流され、命が失われた。魔物化した事で、その異様な雰囲気を肌で感じた紗枝子は、若干の焦りを見せた。
「こんなおぞましい場所に、お兄ちゃんが居るなんて……」
しきりに辺りを窺いつつも境内を進む紗枝子の耳が、微かだが艶のある声を拾った。人気のない神社で、しかも隠れたホラースポットのような場所に、わざわざ青姦目的に来る者など居ないだろう。 進めば進むほどその声は鮮明に聞き取れるようになり、そして紗枝子は正面にある拝殿を迂回し全速力で本殿へ突撃した。
聞き間違えるはずがない。この艶のある声は、兄の玲人を攫った新山菜々乃の声。もう既に事は始まっているのかもしれないが、諦めるという選択肢は最初からなかった。
玲人を取り戻す。そして、自分のものにする。大百足の執着に負けないほど、メドゥーサの独占欲は強いのだ。奪われれば奪い返す。そして、二度と渡さない。
そしてとうとう本殿へ到着し、襖を勢いよく開ければ――――。
「……おに、いちゃ……」
石化は解かれ、その身を大百足の身体によって雁字搦めにされている兄の姿があった。
二人の身体は密着し、上に乗っている菜々乃は一糸を纏わぬ姿。玲人も、服を捲り上げられている。とても苦しそうな表情だった。
「…………あ……貴女は」
「お前……ッ! お兄ちゃんを、お兄ちゃんを……、よくもッ!」
「……うふ
#10084; 玲人くんの童貞、初絞りはもう頂いてしまいましたよ
#10084;」
だから、このまま尻尾を巻いてお帰りなさい。
挑発的に、そして官能的に。菜々乃は余裕の笑みを見せた。無意識に、ぎりりという歯軋りの音がする。髪の蛇も、菜々乃に向かって威嚇している。
「もう、玲人くんは私のものですから……
#10084; 妹さんには悪いのですが、お引き取りください」
これで話は終わりだと言うように、菜々乃は性行為を続けようと腰を動かすが、紗枝子は二人に近づく。
「……? もう勝負は決しました。諦めてくださいませ」
あの獰猛な姿はもう収まったらしく、お淑やかな口調で紗枝子の歩みを止めようとするが、止まるつもりなどない。漸くここまで来たのに、引き下がるなど有り得はしないのだ。
「そこで止まりなさい。ここは、私と玲人くんの……いえ、私と旦那様だけの場所なのです」
「……旦那、様?」
ぴくり、と眉を動かして、菜々乃の言葉を繰り返す。最早怒気だけでこの本殿を吹き飛ばせると思えるほどに、腸が煮えくり返るのを感じた。
人間ならあと数歩程度。そこまで近づいて、玲人も紗枝子の存在に気がついたようだ。
「紗、枝子……? おま……え?」
「お兄ちゃん。迎えに来たよ。帰ろ?」
怒気を孕んだ表情だった紗枝子は打って変わり、とびきりの笑顔を玲人に向けた。こんな笑顔を向けたのは、一体いつ以来だったか。まだ玲人と紗枝子が幼い頃に、二人で近くの公園まで遊びに行った時だったろうか? それとも、暑い夏を少しでも涼しくする為に、手を繋いでアイスを買いに出かけた時?
とにかく、心から素直になれた紗枝子は、玲人に手を伸ばす。
「……させません」
絡みついた身体をより締め付けて、菜々乃は紗枝子を睨みつける。もう逃げるつもりはないのだろう。何があっても決して離さないと、宝物を守るように玲人を抱きしめた。
「離しなさいよ」
「お断りいたします」
「離しなさい」
「お断りです」
「離せッ! お兄ちゃんを、返せぇぇっ!」
「絶対に渡すものかッ!!」
紗枝子の怒気につられたのか、またも獰猛な菜々乃が顔を出す。長すぎる前髪の奥は牙を剥いて威嚇する怪物。しかし紗枝子はもう怯まない。そこに取り戻したい人が居るのだから。
「二人とも、やめて、くれ」
睨み合う二人に、息も絶え絶えに静止するように声をかける玲人。
「貴方が仰るなら……
#10084;」
まるで人が変わったかのように、媚びた声で返事をし、玲人の頬に口付けをする菜々乃。何処までも紗枝子を挑発するその態度に、髪の蛇達が全て逆立ちして今にも菜々乃に噛み付きそうだ。
「紗枝子……」
それを察したのか、優しい声で玲人は紗枝子の名を呼ぶ。その声で少し、怒りが収まったように見えた。
「お兄ちゃん……」
「ごめん、な。俺、紗枝子の気持ち、全然……気づかなかった」
「ううん、私だって……お兄ちゃんに嫌われるような事ばかりして、
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