俯きながら教室へと戻ってきた菜々乃に、ジョロウグモの柊は予想していた菜々乃の表情とは違う事に気付き、声をかけた。
「菜々乃ちゃん……?」
「…………」
柊の声にも返事をせずに、自分の席へ戻る菜々乃に、何があったのか聞いても大丈夫なのか一瞬悩んだが、聞く事にした。
「如何なさったのですか?」
「……ごめんって、言われました」
「っ! ……そう、でしたか」
朝のホームルームで紹介された彼女を見て、柊は新しい環境で緊張していると思っていたのだが、どうも様子がおかしかった。誰とも目を合わせないように名前を名乗り、出来るだけ目立つ事無く静かにしているその姿。隣の席という事もあり、寂しげにしている彼女に余計なお節介だとはわかっていたが放ってはおけずに声をかけたのだ。
例え拒絶されてもいい。しかし無意識に菜々乃が孤独になろうとするのを見過ごす事が出来ないのが柊の性格だった。その点は玲人と似ている部分がある。まるで妹のよう≠ニいう認識も長女である柊と長男の玲人の共通点だ。
「どうしても、抑えきれなく……なっちゃったんです」
「…………」
「私、玲人くんと、その、キス……、したく、なってしまって……」
「そのお気持ち、とてもよくわかりますわ」
柊も女であり、魔物娘。場所を問わず恋人との触れ合いを求めてしまう気持ちは、魔物娘ならば誰にでも持ち合わせている感情だ。
学校側もそれはよく理解していて、恋人たちの感情が抑えきれなくなってしまった場合に利用できる完全防音完全個室制のベッドが多数ある保健室が用意されている。『学業も必要だが恋愛はそれよりも重要である』がこの学校の教育の方針の一つだ。
「強引……すぎましたよね……」
制服のスカートを握り締めて、今にも泣きそうな菜々乃に柊の心がちくりと痛んだ。
だが、彼女になんと声をかければいいのか。事前に話を聞いている内に、菜々乃は阪野玲人に恋をしているのは明確で、柊は菜々乃の相談役になっていた。
そして柊は昼食の時間に玲人に会いに行く菜々乃に一つアドバイスをしていた。
「秘めた想いを何時までも大切にしては、そのままただの思い出≠ニして終わってしまいます。殿方にその気がなくとも、私は貴方を想っていますと素直になるのが一番ですよ」
実際、柊はそれに従って今の恋人と親密になっている。想い人が居る菜々乃にも是非、と思いアドバイスをしたのだが……。結果は、謝られるという終わり方になってしまった。
「申し訳ありません、菜々乃ちゃん。わたくしが余計な事を言わなければ……」
謝罪する柊に、菜々乃は首を振って話を続ける。
「苗字じゃなくって、名前で呼ぶだけで終わりにすれば、よかったんです……」
「ですが……」
「雰囲気も、良かった……から。それで私、玲人くんの唇を」
そこで柊は気付く。てっきり柊は阪野玲人が菜々乃を恋愛対象として見られないから謝ったのだと思っていた。しかし、菜々乃は今、雰囲気も良かったと言った。
だとすれば。
「菜々乃ちゃん」
「は、はい……?」
「よろしければ、その時の状況を詳しくお教えいただけますか?」
その言葉の意味はわからなかったが、菜々乃は先ほどの出来事を細かく柊に伝えた。すると、柊は笑顔になり、菜々乃にこう言った。
「終わってなどいませんよ、菜々乃ちゃん」
「…………え?」
「むしろこれから始まるのです。阪野くんは貴女の事を意識しているはずですよ」
「で、でも……」
「菜々乃ちゃん。ここで貴女が引いてしまったら、絶対に後悔してしまいます」
「そう……なの、かな」
柊はとびきりの笑顔で頷いた。
目尻に溜まった涙を拭いて、菜々乃も笑顔を返す。
「ありがとう、柊さん。私……頑張ります」
「はい。わたくしも影ながら応援いたします♪」
――――菜々乃ちゃんの恋、必ず成就させます。
だって、恋をしている菜々乃ちゃん、凄く可愛いもの♪
菜々乃の何処か守ってあげたくなるような雰囲気は、玲人だけでなく柊にも影響した。それは菜々乃自身が持ち合わせている、無意識の魅力なのだろう。
午後の授業が始まっても二人はこっそりとノートから一ページ切り取って筆談し、放課後からの作戦会議を開いた。そこで柊はまた一つアドバイスをした。
それは…………。
「あ……あの」
今日の全授業が終了し、放課後。部活動に入部していない玲人はそのまま帰宅するだけだ。慶に貸した漫画をバッグに仕舞いこんでから、下校は菜々乃と帰るべきなのか、それとも一人で帰ってしまった方がいいのか悩んでいると教室にその本人がやってきたのだ。
その身体でどうしても目立つ菜々乃と、手を繋いで登校した玲人の二人は既に学校内では噂にな
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