携帯のアラーム音が鳴り響き、その大きな音量に快適な睡眠を妨害された阪野玲人は、しかめっ面を浮かべながらもゆっくりと起き上がった。こうでもしない限り、自分はすぐにアラームを止めて二度寝をしてしまうと知っているからだ。
けたたましく鳴るアラーム音を止めてから大きな伸びとあくびをしてから、漫画や服で散らかっている床を器用に歩いて洗面台へ向かう。
半分寝ぼけていた意識を真冬のとても冷えた水ですっきりさせて、もう一度大きなあくびをしながらリビングに行くと、既に朝食は用意されていて、妹の紗枝子がテレビの情報番組を見ながらトーストを齧っていた。特に朝の挨拶もなく、玲人は自分の席に座り同じくテレビを見ながら、ピーナッツバターをトーストに塗って齧った。
妹の紗枝子との兄妹関係はあまり良くない。というか、居ても居ない扱いをされているのだ。それはいつから始まったのか思い出せないが、高校生になっても未だに玲人の事を視界に入れようともしないし、無関心だった。兄の玲人はそれを指摘する事もせず、紗枝子のしたいようにさせればいいというスタンスを決め、玲人と紗枝子の兄妹関係はまるで血の繋がった他人というようなものになっている。
両親もそんな二人の事を無理に取り持つ事をせずに、任せる姿勢でいる。玲人と紗枝子の仲もそうだが、教育方針も個人のしたいようにさせている。とは言え血の繋がった子供なのだし、他人に迷惑をかけるような事をすれば叱る。しかし二人はこれまで人の道を外れるような事も、警察のお世話になるような事が一度もなかった。二人が高校生になり、殆ど大人に近い年齢になった頃には何の心配もないだろうという事で、二人には自由にさせている。もちろん、両親の二人へ対する愛情は変わらず、夫婦仲も円満である。
……別に気にしなくてもいいか。玲人はそう結論付けて食べ終わった食器を流し台に片付けてから自室に戻り、制服に着替えた。
十分に充電された携帯ゲーム機をショルダーバッグに入れて、友人に貸して欲しいと頼まれた漫画も入れる。ちなみに玲人のバッグに教科書やノートなどのものはほぼ入っていない。それらは全て玲人の机で眠っているし、持って帰るのも終業式が近づいてきた頃に少しづつ分けて持って帰る。もちろんその為、帰宅後の予習復習なんてした事が無いし、定期試験も学校に居る時にしか勉強しない。
玲人の成績は可もなく不可もなく。平均点よりも少し下か、少し上回る程度だ。特に運動は好まず、部活もやっていない。どちらかと言えばインドア派である。故に、玲人の自己評価はW普通=Bしかし小学校以来の友人は玲人の事を普通という認識ではないらしい。
自己評価と他人からの評価の差異について考察しながら玄関を開ければ、前髪が伸びすぎて表情があまり見えず、じっと地面を見ながら待っていたのか、俯いたままの玲人の通う学校の制服を着た女の子が居た。
玄関のドアが開く音に気がついた女の子は、玲人の姿を見て、耳を澄ませれば何とか聞き取れるほどの声で、
「お、おは……ようござい、ます」
と頭を下げた。
すっかり失念していた。そう言えば今日、彼女は玲人と通学するという約束だった。
玄関を開ければ女の子が待っている、という漫画のようなシチュエーションに戸惑いながらも、玲人はなんだか照れ臭くなった。
「あ、うん……おはよ」
「…………♪」
玲人の挨拶に気を良くしたのか、彼女は玲人を見てはにかんだ。彼女の頭から生えた触角も揺れて、彼女の今の気分を表しているかのようだ。
「待っててくれたんだ」
「いえ……あの……、ご迷惑じゃ、なかったですか?」
「そんな事ないよ。でもよく俺の家わかったね」
「あの、昨日……阪野君と一緒に帰った時に、こっち方面に歩いていったから、近いのかなって……それで……」
「なるほどね」
そもそも何故彼女、大百足の魔物娘である新山菜々乃と玲人が一緒に登下校をする事になったのかは昨日の出来事があったからだ。
放課後、玲人は通学ルートにある商店街を歩いていると、何かメモを持ちながら右往左往している大人しそうな、しかし下半身で存在感を出している女の子が居たのだ。何度も手に持ったメモを見ては周囲を見渡して、またメモを見るの繰り返しで、何か困っているようだった。
周りの人たちも、それを察してはいるようだったがその姿から少し避けていて、助ける者も居なかった。玲人もその中の一人で、この辺では見かけないな、などと思いながらも通り過ぎようとして、何気なく彼女の方を見ると、偶然にも目が合ってしまったのだ。
そして、意を決したのか、彼女は玲人に声をかけた。
「あ、ぁ、あの……っ」
玲人はそれを無視なんて出来なかったし、そのまま通り過ぎようとした自分を恥じた。
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