知識の竜と半端な勇者

 枯れた大地を一歩一歩踏みしめる。『主神』を信仰している証の旗を大袈裟に振りながら動きを揃えて。
 約数百名はいるであろう勇者たちが進軍していた。
 街から離れて戦闘の訓練、と呼ぶには数が些か多すぎる。それもそのはず。彼らの向かう先には枯れた大地とは一変した世界があった。
 堕落し、荒廃した魔界。つい先日立ち寄った酒場で小耳に挟んだ新たな魔界の集落に間違いない。欲望と欲望が幾重にも混ざりあって出来上がった成れの果てだ。数百名の勇者軍の目標だろう。
 魔界の集落にだけ日の光が届いていないので全貌はわからないが、勇者軍と同等、若しくはそれ以上の魔物が住み着いているかもしれない。若い勇者たちはどんな意気込みで進軍しているのだろうか。教科書どおりに育った勇者たちならば魔物討伐の為に彼らなりの正義の炎が燃えているかもしれない。
 魔物は人を食らう、か。
 数百名の勇者たちの中で本当の事を知っているのは片手で数えられる程度なのではないだろうか?
 そもそも人間が生まれ持った本能である性欲に反し高潔に生きよなどと教える『主神』さまの考えはどうも性に合わないのだ。俺は健康で若い男な訳で。街を歩く女性の身体に目を奪われる事だってある。だが『主神』さまとやらはそれを善しとしないのだ。
 アホか。
 どうせあの勇者軍も魔物たちによって全滅させられるだろう。
 全員魔物に食われる運命。
 性的な意味で。
 どんな魔物が潜んでいるかわかったものじゃないがどんな魔物だろうと共通しているのは、無理矢理性交しようと襲い掛かってくる事だろう。
 ほら、男って単純だからさ。
 童貞なら一発でコロッと正義なんて忘れるだろう。多分俺もコロッとイッてしまうと思う。童貞だし。
 我ながら意地の悪い笑いを一つ。そして、溜息もまた一つ。
 間もなく戦場へと変わるであろう大地を見下ろせる丘に俺は居る。その他には誰も居ない。ただの人間ならばその行為は魔物にとって絶好の餌となるだろう。新鮮な若い男との交わりを今でも虎視眈々と狙っているかもしれない。既に一度、ゴブリンが襲い掛かってきたのだが、昼食の為に取っておいた干し肉サンドが入った袋を明後日の方向へ投げ、逃げた。空腹だったのか、俺など忘れたようにそれを追いかけていったので走る事もなく容易だった。
 
 「…………しかし、その損害は大きいのであった」

 腹減った。
 さっきから腹が空腹を訴えていてがっくりと項垂れる。
 早めに何処かの街へ行こうとは思っていたのだが、どういう偶然なのか丁度今居る丘について街を探そうとしていたら勇者軍を見つけてしまったのだ。確かに空腹ではあるのだが、勇者軍の実際の討伐を見るのは初めてだったので面白そうだと思い、こうして一人鑑賞させていただいているのだ。
 しかしまぁ、今までの経験からするとどうせ勇者軍に勝ち目はない。
 目測と勇者軍の進行速度から適当に計算して、あと五分もしない内に集落が射程距離に入るだろう。そしてそこからは戦争だ。性的な意味で。
 『今まで数多くの勇者たちが果敢に立ち向かったが、魔王の僕の力は強大で帰ってきた者は数少ない』。つまり魔物討伐なんて大義名分を容易く捨て、目の前に居る魔物娘にご執心って訳だ。人間の未来は明るいね。
 また意地の悪い笑いを一つして、空腹を紛らわせる為に常備している水を一口。
 
 「そろそろか」

 勇者軍の進軍が止まった。目標の集落は目と鼻の先だ。
 それぞれの得物を抜き、そして―――。

 「……ん?」

 突如日光が何者かによって遮られた。太陽を覆い隠さんとするその巨体が勇者たちの上空を飛んでいた。

 「………………」

 初めて見たその圧倒的な存在感と威厳さに俺は言葉を失った。
 あらゆる魔物よりもはるかに強く、人間の賢者よりも数倍、いや数十倍。もはや計り知れないほどの知性。一薙ぎで数百人の人間を血に染めるほどの巨大な鉤爪。そして大地を一瞬で消し炭へと変えるほどのジェノサイドな性能を誇る口から吐かれる業火。空よりも蒼く、歴代の戦士でさえ傷一つつけることすら叶わないという鋼の鱗。
 正に地上の王者と呼ぶに相応しい、蒼穹のドラゴンが飛行していた。
 大地を見下ろし数百人の勇者たちを見たが、そんなモノには興味がないのか何処かへ飛び去っていった。恐らくはただ飛んでいただけなのだろう。
 それだけで勇者たちの士気を落とすには十分すぎた。言葉を失い唖然とする勇者軍に、集落から怒涛のようにおびただしい数のサキュバスが雪崩れ込んできた。
 見事なまでに先制を打たれた勇者軍は驚愕。咄嗟の行動に移れなかった前衛は呆気なく潰された。
 これはひどい。
 先ほどまでの殺伐とした空気が一変し、汗と欲望にまみれた超集団乱交へ。
 勇者たちが身に纏っていた鎧は既に剥がされ全裸。
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